パシュトゥーン人|美人で特徴的なアフガニスタンとパキスタンに多く住む民族

パシュトゥーン人について詳しく見ていきましょう。歴史的な背景から多民族が入り混じった特徴を持ち、世界的にも美人と言われることがある人々です。

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地理的に東西の国々や文化が入り混じるアフガニスタンには、長い歴史の中で多くの民族がやってきた結果、複数の民族が共生する多民族国家となっています。

そのアフガニスタンにおいて、最大規模の人口を抱える民族がパシュトゥーン人と呼ばれる人々。

東アジア人と変わらないような体格でありながら、顔はヨーロッパやペルシャ人などのコーカソイド的特徴を持っており、中には各民族の良いところ取りをしたと言って良い、飛び抜けた美人を確認することも出来ます。

そのパシュトゥーン人に関して、詳しく紹介していきます。

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アフガニスタンとパキスタンに多いパシュトゥーン人とは?

パシュトゥーン人(Pashtun)とは、パシュトー語を話し、その多くがアフガニスタン北東部からパキスタンのインダス川北部の間にある地域に住む、イラン系民族の人々。

(出典:ThoughtCo.

全世界におよそ4900万人のパシュトーン人がいるとされ、大半の人口はパキスタン(3000万人)とアフガニスタン(1400万人)に集中しており、残りは先進国も合わせた他の国へ分散しています。

また、アフガニスタン国内では最大の人口を持つ民族で、アフガン(Afghan)、パフトゥーン(Pakhtun)、パサン(Pathan)、プシュトゥン(Pushtun)などとも呼ばれることがあります。

外見上の特徴として、身長や体の幅に関しては東アジア人とあまり変わりませんが、顔はコーカソイド(身体的特徴に基づいてヨーロッパ、西アジア、北アフリカ、西北インドに住む人々を一まとめに分類した概念)であり、髪の毛と瞳の色はダークブラウンが基本。

しかし、中には透き通ったブルーやグリーンの瞳を持つ人や、薄い髪の毛の色を持つ人もおり、その外見的な特徴から、パシュトゥーン系のバックグラウンドを持つ人の中には、絶世の美人と言われるような人を見つけることが出来ます(この特徴は特に遠隔地の山々に住むパシュトゥーン人部族に強く見られる)

(世界的に有名なパシュトゥーン系美人ジャーナリスト「ヤルダ・ハキム」。現在はBBC在籍)

パシュトゥーン人の起源は不明

パシュトゥーン人の起源についてはハッキリとは分かっていません。

イスラエルのサウル王の孫アフガナの子孫であるという言い伝えがありますが、北部または西部から来た古代アーリア人と、この地へ入植してきた他の民族達が入り混じった結果、今のパシュトゥーン人になったと考える主張が一般的です。

実際、紀元前2000年から現代に至って、同地域には、アーリア人(イラン人やインド語群の人々)、メディア人、ペルシャ人、マウリヤ人、スキタイ人、クシャーナ人、エフタル人、ギリシャ人、アラブ人、トルコ人、モンゴル人などが入植してきた過去があります。

一方で、13世紀から16世紀の間には、アフガニスタンからパキスタンに移動した多くのパシュトゥーン人がいることも分かっています。

パシュトゥーン人の基本的な生活スタイルと居住地

パシュトゥーン人の中には、移住型の遊牧生活を送っている人や、ジプシーのような生活を送っている人たちもいますが、そのほとんどは定住型の生活を送っており、主に農耕と畜産業を通して生計を立てています。

(出典:TNS

そして上でも触れたように、人口の大半はアフガニスタンかパキスタンに居住しており、アフガニスタンでは最大規模の民族になるため、基本的には首都のカブールを中心として、国内全域でパシュトゥーン人を見かけることが出来ます。

※パシュトゥーン人自体も60ほどの部族に分けることが出来るようで、各部族はアフガニスタンの決まった地域に住んでいることが多いらしい。カブールの南に住むドゥッラーニ(Durrani)とカブール東部のギルゼイ(Ghilzay)は、中心的な部族の連合体として存在している。

一方で、パキスタンでは主に、スライマン山脈とインダス川の間にあるクエッタの北に住んでいるようです。

そして、アフガニスタンのカンダハール、ジャララバード、ラシュカルガー、またパキスタンのペシュワールとクエッタは、パシュトゥーン人にとって文化的な中心地になっているようです。

パシュトゥーン人の言語

パシュトゥーン人は、インド・ヨーロッパ語族インド・イラン語派の東語群に属するパシュトー語を話し、ペルシャ文字にアラビア語にもペルシャ語にも存在しない音を表現する文字をいくつか加えて改造した、パシュトー文字を利用して表記します。

一方で、パシュトー語には多くの方言があり、また、その差も激しい上に共通した標準語となる方言も存在しないため、パシュトゥーン人同士であっても異なる地域出身の場合には、意思疎通が困難になることさえあります。

そしてこのパシュトー語は、パキスタンでは公用語として認められていませんが、アフガニスタンでは公用語として認められています(※生活上の必要性から、パシュトゥーン人は母語であるパシュトー語に加えて、アフガン・ペルシャ語とも言われるダリー語を話せる人が多く、人によってはウルドゥー語や英語を流暢に話す人もいる)

パシュトー語自体もこの地域の歴史を反映している

パシュトー語は、失われた言語であるアヴェスター語やバクトリア語と似たような起源を持っていると考えられている一方、この地域の歴史に大きく影響を受けている言語。

現在も存在している言語の中では、パミール諸語に属するシュグニー語、ワハン語、オセット語などと相関的な関係にあり、近隣地域のペルシャ語やヴェーダ語の語彙を使用していることからも分かるように、古来より他言語の要素を多く取り入れているのが特徴。

また、同地域は歴史的に多民族の入植が繰り返された場所であるため、例えば、古代ギリシャ語、アラビア語、トルコ語の語彙もパシュトー語には含まれ、加えて現代では英語の影響を受けた多くの単語が含まれています。

パシュトゥーン人の宗教

宗教的にパシュトゥーン人の大多数は、イスラム教スンニ派のハナフィ学派に属しており、稀にイスラム教シーア派や、それ以外の宗教(または無宗教)を信仰しています。

そして一般的に、パシュトゥーン人のイスラム教に対する信仰心は非常に強く、多くのパシュトゥーン人は自分たちがイスラム教への初期改宗者であり、この地域にイスラム教を伝えたカイス・アブドゥル・ラシッド(Qais Abdur Rashid)の子孫だと信じています。

イスラム教の聖典・コーランや、スンニ派ハディース集の最高峰とされる「真正集(サヒーフ・アル=ブハーリー)」などの書物を英語に翻訳した、ムハンマド・モフセン・カーンなどは、歴史的にパシュトゥーン人がイスラム教へ貢献してきた良い例として挙げられるのではないでしょうか。

一方で、スーフィー教(イスラム教の神秘主義哲学)の名残が、パシュトゥーン人が住む地域の歌や踊りに現れています。

パシュトゥーン人の文化

パシュトゥーン人の文化は何百年にも渡って、多民族の影響を受けながら徐々に形成されていきましたが、その起源は、イスラム教の出現以前まで遡ります。

例えば、アレクサンダー大王がこの地に遠征して統治を開始した紀元前330年頃からの文化的特徴が、今でも伝統的な舞踊の中に見受けられる一方、文体や音楽は主にペルシャ文化の影響を受けています。

また、音楽を奏でる楽器には、より地域的特徴を反映したものもあります。

このようにパシュトゥーン文化は、遠くはヨーロッパ、そして、中央、南、西アジア、加えてその土地固有の風習が混ざり合って出来上がったものだと言えるのです。

パシュトゥーン人をさらに理解するために知っておきたい起源に関するいくつかの主張

パシュトゥーン人の起源に関しては多くが不明で、いつ頃からこの地域に住んでいるのかなどはハッキリと分かっていませんが、古代の歴史書などを紐解いていくとそのヒントが伺えます。

ギリシャの歴史家ヘロドトスは、紀元前1世紀から東ペルシャ統治区アラコシア(現在のアフガニスタン南部のカンダハール地方に古代ギリシア人があてた呼称)の辺境に住んでいるとされる「パクチャンス(Pactyans)」と呼ばれる部族に言及しています。

加えて、リグ・ヴェーダ(古代インドの聖典の一つ)には、パクザス(Pakthas)と呼ばれる部族が東部アフガニスタンに居住していると記されており、彼らは現代のパシュトゥーン人に繋がる人々だと推測されているのです。

さらに、紀元前6世紀頃には既にこの地域に居住していたバクトリア人も、パシュトゥーン人の起源であるとする主張があったり、パシュトゥーン人は、イラン系祖先の一つ「スキタイ人(紀元前8世紀〜紀元前3世紀にかけて、ウクライナを中心に活動していたイラン系遊牧騎馬民族)」の現代子孫の一部ではないかという主張も存在します。

他にも歴史家の中には、パシュトゥーン人はカンダハル地域やスライマーン山脈周辺に紀元前に入植し、およそ1000年前から拡大していったとする人々もいます。

いずれにせよ、パシュトゥーン人の起源は、この地域に古来から住む人々であるというのは共通した認識だと言えそうです。

ちなみに、イスラム教がこの地に伝えられる以前のパシュトゥーン人は、ゾロアスター教、仏教、ヒンドゥー教、ユダヤ教などと親密な関係にあったとされています。

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パシュトゥーン人|美人で特徴的なアフガニスタンとパキスタンに多く住む民族のまとめ

アフガニスタンとパキスタンに主に住むパシュトゥーン人は、この地域にやってきた様々な民族や部族が入り混じった結果、現在の姿になったと考えられる人々。

そのため、身体的にも文化的にも西洋と東洋の特徴を見つけることが出来る民族です。

世界のことって面白いよね!By 世界雑学ノート!

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