イヌイットとはどのような民族なのでしょうか?日本人に似た外見を持つ北アメリカ大陸の先住民で、過去にはエスキモーと呼ばれていたイヌイット達について詳しく見ていきましょう。
北アメリカ大陸にはいくつもの先住民族が存在していますが、中でも北極圏に近い寒冷地域に何千年にも渡って暮らし続けるイヌイット達は、非常に独特な生活や文化的特徴を有する人々。
主にアラスカやカナダ北部、そしてグリーンランドといった場所に住んでおり、極限の厳しい寒さに適応するような生活を発展させてきました。
また、このイヌイットは日本人にも似ていることで知られ、多くの日本人にとっては親しみやすい外見を持つ民族だと言えます。
この記事では、そんなイヌイットに関して、生活様式や文化などの基本的な知識から、その他にも知っておきたい豆知識までを紹介していきます。
イヌイットとは?
イヌイットとは、アメリカ合衆国のアラスカ、カナダ北部、デンマーク領のグリーンランド、ロシア北極圏のシベリア極東部などのツンドラ地帯(地下に永久凍土が広がる降水量の少ない地域)に住む先住民を総称した「エスキモー」系諸民族最大の民族グループ。
北アメリカ大陸の先住民族のなかでも最後に移住してきた民族グループの一つで、アラスカやカナダなど、北アメリカ大陸のなかでも特に寒冷な地域と、北アメリカ大陸のさらに北にあるグリーンランドに住んでいる人々。
人種的には日本人と同じモンゴロイドに分類され、ベーリング陸橋(かつて北東アジアとアラスカを結んでいた細長い陸地の地峡で現在ではほとんど失われている)を渡ってアラスカに移住してきたと考えられています。
(ベーリング陸橋またはベーリング地峡:出典:wikipedia)
イヌイット達は、紀元前6000年から紀元前2000年の間あたりにまず北アラスカへ移り住み、その一部は移住を続け、カナダ北部(今日のヌナブト準州、ノースウエスト準州、ケベック州北部にあたる)へ紀元後1000年頃にやってきて定住したと考えられています。
このように、アメリカ大陸移住後に居住地が広がり、長い年月をかけてそれぞれが独自の文化や習慣を生み出したため、同じイヌイットの中にも実は豊かな文化的多様性が確認出来るのも特徴です。
また、イヌイット全体の人口は現在およそ15万人と見積もられており、主要居住地域ごとに以下のような人口数を抱えています。
- カナダ:65000
- アメリカ:16500
- グリーンランド(デンマーク領):50000
- デンマーク本土:16500
ちなみに、イヌイットは元々「エスキモー」と呼ばれていた時期がありました。
この「エスキモー」という言葉は、本来「かんじき(雪上などを歩くための靴)を編む者」という意味だったのが、カナダでは「生肉を食らう野蛮人」という差別的な意味で解釈され、蔑称として定着してしまいました。
そのため、カナダのイヌイット達は「エスキモー」と呼ばれることを拒絶し、現在では「イヌイット」と呼ばれるようになっているのです。
現代において多くのイヌイット達は、「エスキモー」と言う言葉を人種差別的と捉えていますから、もしイヌイット族の人と話す機会があれば、文化的にデリケートな言葉を使うことは確実に避けた方が良いでしょう。
一方、同じイヌイット民族であっても、グリーンランドでは「カラーリット」と呼ばれることがあったり、アラスカにはイヌイットと同じ「エスキモー諸民族」に含まれる「ユピク」や「イヌピアト」と呼ばれる先住民がいます(この2つの先住民グループはイヌイットとは異なる民族である点は注意が必要)。
また、イヌイット(Inuit)は複数形で、イヌーク(Inuk)は単数形ということも覚えておきましょう。
イヌイットの生活様式
ほぼ一年中、雪や氷に大地が閉ざされた過酷な生活環境下においては、人類の多くが伝統的に行ってきた農耕を営むのは不可能。
農耕の代わりに、イヌイットは身近に手に入る資源で何とか暮らしていくしかありませんでした。
イヌイットの住居
北極圏の境界地域であるカナダのツンドラ地帯では、木材資源がないため、木材を使って住居を建設することが出来ません。
そこで、伝統的なイヌイットの暮らしでは代替手段として、異なる2種類の住居を季節ごとに使い分け、必要に応じて移動する「遊牧生活」を送っていました。
(イグルー)
2種類の住居とは次のようなものです。
- イグルー(冬用)
- 長い冬の間はイヌイットの象徴とも言えるイグルーという雪の家に住む
- 雪と氷を使って築くドーム型の住居(日本でいうかまくらみたいな物)
- カルマク(夏用)
- 寒さが緩む季節にはカルマクという家に住む
- 木やクジラの骨でできたテントのような構造物をトナカイやアザラシの皮で覆った住居
何れにせよ、必要に応じて移動しなくてはいけない生活環境では、容易に組み立てたり解体(または破壊)したり出来る住居が非常に重要であり、伝統的なイヌイットの生活では上記のような住居が好まれたのです。
イヌイットの食事
イヌイットが暮らす土地特有の住居様式に加えて、イヌイットの人々は北極圏に生息する動物資源に依存して生きていかなくてはなりませんでした。
(イヌイットが食すイッカクの皮)
農耕が不可能であることから、イヌイットの伝統的な食生活は、夏季にはベリー類やいくつかの植物が加わることがあったものの、ほとんどが肉食で成り立っており、狩猟をしてトナカイや小さな鳥類を捕まえることもしましたが、イヌイットの人々の食糧のほとんどは海に由来するものでした。
- アザラシ
- クジラ
- イッカク
- アシカ
- セイウチ
- カワウソ
などが代表的で、イヌイットの人々はこれらの海に生きる生き物を捕獲する技術に長けていたのです。
また、イヌイットの人々は、獲物をほとんど残さず使い切る点でも優れています。
例えば、クジラの歯は削って道具や装飾品にすることも多く、コートなどの伝統的な衣服は動物の皮や毛皮から作られました。
伝統的な交通手段
現在でこそモーターの力を利用したスノーモービルなどを利用した移動手段が存在しますが、伝統的なイヌイットの交通手段としては、車や鉄道、馬でさえ使うことはなく、冬の間は基本的に犬ぞりを利用して移動します。
犬ぞり用に特別に育てて訓練さした何頭ものハスキー犬を飼っており、その犬達に大きなそりを引かせるのです。
一方、夏の間はカヤックやウミアクと呼ばれる大きなボートを使って海を移動することもあり、その中で海の生き物の狩猟を行います。
イヌイットの文化
先述したように、イヌイットは長い時間を掛けて異なる地域に広がり生活を続けてきたため、同じイヌイットの中でも異なる文化や習慣を見つけることが出来る一方、イヌイットを象徴するようないくつかの共通した文化的特徴を確認することも出来ます。
家族やコミュニティ
まず、異なる地域に存在するイヌイットの社会に共通する文化的特徴として、重要な「家族やコミュニティ」の存在を挙げられるでしょう。
イヌイットの生活では通常、一家族の規模として5~6人というのが典型的。
伝統的な家族のなかで、男性は釣りや狩りなどの家の外で行う仕事を担当する一方、女性は針仕事、料理、子育てなど家の中の仕事を担当しています。
また、一つの家族は他のおよそ10家族のグループと共に、ちょっとしたコミュニティを形成して暮らしていました。
宗教
宗教はイヌイット文化において、各イヌイット社会において共通するもう一つの重要な要素だと言えます。
イヌイットの人々は、人間、動物そして無生物にさえ、すべてのものに霊魂が宿るというアニミズムを信仰しており、また、魂が死ぬと、その後も霊の世界として知られる別の世界で魂は生き続けると信じています。
そして、宗教的指導者のシャーマンは、霊をコントロールできる力をもった唯一の存在とされ、呪文や舞踊を通して霊の世界と交信出来ると考えられています。
今日のイヌイット
北アメリカ大陸の寒冷地帯を中心に伝統的な生活を何千年にも渡って送り続けてきたイヌイット達にも、近代化や都市化の波は押し寄せてきています。
例えば、今日、アラスカに住むイヌイットの40%以上が都市生活を送っており、アラスカの最大都市アンカレッジには非常に多くのイヌイット達が暮らしています。
このような状況から、イヌイットの伝統文化や生活を守っていくのが一つの課題として浮上しているのです。
ただし、都市部に暮らすイヌイットの中にも、スノーモービルやインターネットを駆使して食料を探して狩りをし、部分的に伝統的な生活様式を取り入れているといった人達もおり、伝統を守る努力は続けられています。
イヌイットに関してその他にも知っておきたい7つの豆知識
イヌイットに関する基本的な情報を見てきましたが、ここからはさらにイヌイットへの理解を深めるために、7つの豆知識を紹介していきたいと思います。
日本人との共通祖先
何千年もの昔にベーリング地峡を渡ってアジアから北アメリカへやってきたイヌイット達は、外見が似ていることから、多くの日本人にとって親しみやすい人々。
それもそのはずで、イヌイットと日本人は共通の祖先を有しているという研究があるぐらい。
同じモンゴロイドであるイヌイットと日本人は、実は大昔に別れた縁戚である可能性が非常に高いのです。
グリーンランドの人口のほとんどはイヌイットで占められている
2013年の時点で、グリーンランドの総人口数は56,370人で、そのうち88%もの人々がイヌイット(現地ではカラーリットと呼ばれる)でした。
これはつまり、50000万人以上のイヌイット達がグリーンランドに住んでいるということになり、その多くは南西の地域に暮らしています。
ちなみに、この88%のイヌイット達の中には、一部北欧系との混血の人々も含まれています。
昔のイヌイットは鎧を作っていた!?
「鎧」と聞くと、大概は鉄の鎧に守られた騎士を思い浮かべるでしょう。
そのため、「鉄が入手できなかったであろうイヌイットの人々が鎧を作っていた」なんて聞いても、にわかには信じられません。
しかし彼らは、動物の皮を加工して作った紐や、動物の骨や歯を削って板状にしたものを利用して、独特の鎧を作っていたよう。
この鎧を作っていた理由というのは、人間同士の戦いにおいて必要だったのではなく、自然の中で危険な動物達から身を守るために必要だったから。
大昔のイヌイット達はこの鎧のおかげで、下手をすれば命を失うような状況であっても、生き延びることが出来たのです。
鼻をこすり合わせる挨拶
全てのイヌイット社会において共通する習慣かは分かりませんが、イヌイットの社会には愛情表現として、「お互いの鼻をこすり合わせる」という習慣があります。
子供や両親など大切な人達への挨拶として、お互いの鼻をこすり合わせるのです。
ちなみに、この鼻と鼻を合わせて挨拶する表現は「エスキモーキス」と呼ばれ、イヌイットの間では「クニク(kunik)」と呼ばれる習慣です。
クァルパリクという妖怪の言い伝え
人類の歴史において、どの文化にもなにかしら言い伝えが存在しており、イヌイットも例外ではありません。
イヌイットの伝説では、クァルパリクという人魚のような邪悪な妖怪が存在し、畏怖される対象として伝統的に語り継がれてきました。
このクァルパリクは水中に住んでいて、子供達を氷の墓場への引きずり込むと言われ、この妖怪にまつわる恐ろしい物語は、子供達が勝手にどこかへ行かないよう言い聞かせる為に利用されてきたのです。
グリーンランドの彫像「トゥピラク」
イヌイットの独創的な工芸品は、グリーンランドを訪れる観光客に人気があり、中でも有名なのが「トゥピラク」と呼ばれる小さな彫像。
これは、グリーンランド・イヌイット(カラーリット)の伝統文化の中では「悪霊の像」として認識されており、シャーマンが人を呪い殺すために使ったなんていう話が残るようなもの。
トィピラクはかつて骨を彫って作られており、作り手の敵を呪い殺す魔力があると信じられていたのです。
ただし、現代においては観光客に喜ばれることから、木やイッカクの牙、またはトナカイの角でグロテスクなトゥピラクを作っており、そのため特に魔力も無いと言われ、土産物として売って生計を立てているイヌイットの人もいます。
「イグルー」の本来の意味
上でも紹介した通り、イヌイットの人々は冬になると「イグルー」と呼ばれる雪で作ったドーム型の住居に暮らしますが、この言葉の本当の意味は「人々が暮らす建物」という意味。
そのため、本来の使い方においては、ヨーロッパの豪邸に住もうが、ワンルームマンションに住もうが、「イグルーの中に住んでいる」ということになるのです。
実際に、イヌイットがイグルーと言う場合は、皮や石で作ったものや恒久的な建物も含まれます。
しかし現在、欧米や日本において「イグルー」と言う場合は、雪で作ったドーム型の住居を指して使われる場合がほとんどです。
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イヌイットとは?日本人に似た北米先住民の生活や特徴を探る!エスキモー諸民族の一つのまとめ
北アメリカの寒冷地を中心に、何千年も住み続けるイヌイット達について見てきました。
日本人と非常に近しい外見を持っているイヌイットでも、その生活環境の違いによって、我々日本人とは全くことなる生活や文化を発展させてきた点は非常に興味深いと思います。