アレクサンドリアはエジプト第二の都市であり、この場所へ古代に建てられた非常に長い歴史を持つ街です。また、観光地としても多くの人たちを魅了しています。
何世紀にも渡る戦闘、自然災害、そして近代化によって、かつては世界で最も裕福な都市の一つとして古代から栄えていたエジプトのアレクサンドリアは、その姿を変えてしまいました。
しかしながら、アレクサンドリアは今でもエジプト最大の都市の一つであり、また最大規模の港湾都市として、国内外から注目され多くの観光客が訪れています。
カイロに次ぐエジプト第2の都市として、アレクサンドリアにはたくさんの発見があります。
そんなアレクサンドリアについて、歴史的なことから、あまり知られていない事実、そして観光スポットまでを紹介していきます。
アレキサンドリアとは?
アレクサンドリアとは、現在のエジプト第二の規模を誇る都市で、アレクサンドリア県の県庁所在地でもある場所。
エジプトにおいては経済都市の一つであり、エジプトの北側にある地中海の沿岸に、およそ32kmに渡って面している港湾都市です。
また、アレクサンドリアは同国において重要な工業地域や貿易の場所であると同時に、観光地としても人気。
ヘレニズム時代から栄えてきた場所であり、古代から長らくエジプト最大の都市でした。
そのため、この地域の文化の中心として栄えた過去を持ち、例えば、紀元前3世紀に建設されたとされるアレクサンドリア図書館は有名(※ナポレオンがこの地へ遠征した際に壊されてしまったため、現在は新アレクサンドリア図書館として再建されている)。
この図書館は古代より、世界に散らばる文献を研究や文化・知識保護のために集めていた、最古の学術の殿堂的存在でした。
そして、以前は世界七不思議の一つとして有名な、紀元前3世紀頃にアレクサンドリア湾岸のファロス塔に建造された、アレクサンドリアの大灯台が存在していました。
古代の歴史の上に成り立っているアレクサンドリアは、訪れる人を魅了する街なのです。
アレクサンドリアの成り立ちと歴史
このアレクサンドリアは、世界史上の有名人「アレクサンダー大王」によって建設されたと考えられている都市。
当時、他の地域にもアレクサンダー大王によって「アレクサンドリア」と命名された都市がありましたが、エジプトのものは最初に建てられたアレクサンドリアであり、今日まで残っている最も有名なアレクサンドリアは、このエジプトにあるアレクサンドリアです。
紀元前332年にアレクサンダー大王によって建設された後は、プトレマイオス朝、ローマ帝国期、ビザンチン帝国期のエジプト首都として、またヘレニズム文化の中心的地域として、およそ1000年間盛えていきました。
しかし、西暦641年にイスラム王朝によって陥落し、首都がフスタート(その後、カイロの一区画として吸収合併される)に移された結果、キリスト教国(当時はビザンチン帝国)から切り離され、ヘレニズム文化の中心地としての役割を失うと同時に、経済的な役割も失っていきます。
一方で、学術都市としての側面は残り、ヘレニズム文化、キリスト教文化、そしてイスラム文化が混じりあった、今までにはない学芸都市になっていきます。
その後は、地中海貿易における拠点の一つとして利用されるようになって経済的に再び活発になったり衰退したりを繰り返しながらも、エジプトにおける重要な都市として存在しています。
エジプト第二の首都アレクサンドリアに関する興味深い8つの話
アレクサンドリアに関する基本情報を見てきましたが、ここからはあまり知られていない8つの興味深い話を簡単に紹介していこうと思います。
アフリカで最も古い路面電車の街
アレクサンドリアは路面電車(トラム)のネットワークが充実している街で、アレクサンドリアへ訪れた際には絶対にこのトラムに乗るべき。
というのも、アレクサンドリアのトラムは1863年に運転が開始されており、アフリカ大陸では最も古い歴史を誇るから。
また、アフリカだけでなく全世界で見ても最古のトラムネットワークの一つだったりします。
アレクサンドリアの地にはもともと他の街があった
歴史を語るとき、アレクサンドリアはアレクサンダー大王によって建設されたとあるため、この地域にはそれまで何もなかったかのような印象を持ちます。
しかし実際には、すでに幾つかの港町がこの地域には存在していました。
例えば、カノプス(Canopus)やラコティス(Rhacotis)などで、アレクサンドリアが建設される以前からこの地域は一定以上に栄えていたんです。
アレクサンドリア図書館新しくなりました
アレクサンドリアは、世界最古の大図書館の一つとされるアレクサンドリア図書館があった都市であり、学芸都市としての地位を築いていました。
一方で、そのアレクサンドリア図書館は過去、ナポレオンが遠征してきた際に破壊されてしまいます。
しかし、2002年にBiblioteca Alexandrina(アレクサンドリア図書館)と命名された、新しい図書館として再建されたのです。
その内部は、2500人を収容できる読書室、800万冊の本、3つの博物館、プラネタリウム、さまざまな展示会、幅広い分野の文化イベントが開催可能など、学芸都市としての過去を彷彿とさせるような構造になっています。
アレクサンドリアには世界最大の墓地の一つがある
アレクサンドリアにはガバリ(Gabbari)というネクロポリスがあることを知っていますか?
ネクロポリスとは、巨大な墓地または埋葬場所のことで、語源であるギリシャ語の”nekropolis”を直訳すれば「死者の都」という意味。
ガバリ・ネクロポリスは1997年に偶然発見され、起源は紀元前3年にまで遡り、世界で最も大きな墓地の一つと考えられています。
一方、そんな巨大墓地なため、何世紀にもわたって墓泥棒によって荒らされてしまっています。
エジプト最大の港がある
アレクサンドリアはエジプト最大の港湾都市。全部で4つの港があり、西に位置するアレクサンドリア港は最も有名。
このアレクサンドリア港は、エジプトの輸出入の3/4以上を占めるとされ、同時に、世界で最古の港の一つであるとも考えられている、歴史的にも経済的にも重要な場所です。
小さな漁村レベルになってたの?
アレクサンドリアはニューヨークの古代版とも呼ばれるほど栄えた都市ですが、イスラム王朝によって641年に首都が移転した後、数世紀に渡って徐々に衰退していきました。
その結果、この土地にナポレオンが到着した時、彼はこの土地に「小さな漁村」を見つけたと表現したぐらい衰退していたそうです(皮肉を込めた表現なのかもしれませんが)。
幸い、アレクサンドリアは19世紀になると再び復活を遂げ、現在まで続いていきます。
地球の円周が最初に計算された場所
アレクサンドリアが学芸都市としての地位を築いていたことはすでに触れた通り。
この学芸都市としての性格を端的に表すこととして、地球の円周が最初に計算された場所であるという事実があります。
この計算は、当時生きていた学者であり、アレクサンドリア図書館やその他の研究機関の館長も勤めた、エラトステネスによって行われました。
またアレクサンドリアは、他にもユークリッドなどの有名な数学者たちを産出しています。
実は古代の痕跡があまり残っていない
アレクサンドリアは非常に長い歴史を持つ都市であるのは事実ですが、実は古代の痕跡があまり残っていなかったりもします。
これは、何世紀にも渡る大規模な戦闘に加えて、戦闘で破壊されなかった部分は地震で破壊されてしまったから。
それに加えて、「現代のアレクサンドリア」は「古代都市アレクサンドリア」があった場所の真上にあるため、考古学者がその地域で掘削作業を行うことは極めて困難。
このような結果、現代のアレクサンドリアは思うほど、古代の痕跡を確認出来ない場所だったりします。
アレクサンドリアへ観光に行くなら訪れてみたい5つの場所
最後にアレクサンドリアに興味を持って観光へ行きたいと思ったら訪れてみたい、5つの場所を紹介しておくので参考にしてください。
アレクサンドリア観光場所① アレクサンドラ図書館
すでに何度も言及しているアレクサンドリア図書館は、観光場所としても絶対に訪れるべきマストスポット。
紀元前3世紀に建築された古代から残るアレクサンドリア図書館ではないものの、再建された新しい図書館は世界でも稀に見る大きさであり、この地域が学芸都市として誇りを持っていることを感じさせてくれます。
また、中には圧倒的な数の本だけでなく、4つの博物館があり、また様々な展示が催されているので、アレクサンドリアやエジプトの歴史を知る上でもおすすめです。
住所:Al Azaritah WA Ash Shatebi, Qesm Bab Sharqi, 21526 Alexandria Governorate, Egypt
アレクサンドリア観光場所② アレクサンドリア国立博物館
アレクサンドリア国立博物館は、港に面したアレクサンドリア図書館から少し内陸寄りに歩いた場所に位置する大きな博物館。
アレクサンドリアとエジプトに関することを知りたいなら必ず訪れるべき場所で、2000点を超える工芸品や芸術品が展示されています。
また、これら工芸品や芸術品には、コプト教(主にエジプトで信仰されるキリスト教)やイスラム教に関するものまであり、この地がどのような歴史的・文化的経路を辿りながら、現在の姿になったのかが分かります。
サイト:https://www.facebook.com/Alexnatmuseum/
住所:Al Azaritah WA Ash Shatebi, Qesm Bab Sharqi, 21526 Alexandria Governorate, Egypt
アレクサンドリア観光場所③ カイトベイ要塞
カイトベイ要塞は、世界七不思議の一つであるアレクサンドリアの大灯台の跡地に、大灯台に使われていた建築材料を使って、15世紀後半(イスラム王朝のマムルーク朝時代)に建てられた要塞。
外洋に突き出したアレクサンドリアの半島部分に位置しています。
この要塞は歴史上、地中海に面するエジプトにおいて最も大切な要塞であり、アレクサンドラの平和を維持するためにも重要だった場所。
そのため、当時のエジプトの力強さを感じらると同時に、地中海を一望することも出来ます。
住所:As Sayalah Sharq, Qesm Al Gomrok, Alexandria Governorate, Egypt
アレクサンドリア観光場所④ 古代ローマ時代の劇場跡
今でこそアレクサンドリアはイスラム教徒が多く住んでいますが、元々はヨーロッパからの影響を強く受けると同時に、ギリシャ人やローマ人などが住んでいた場所。
その名残を感じたいなら、古代ローマ時代に作られた劇場跡(Kom Al Dikka)へ訪れてみるのが良いかも。
跡と言っても当時の聴衆用のシートや、荘厳な佇まいであったであろうコラム(柱)などが残っており、古代ローマの面影を感じさせてくれます。
住所:Ismail Mahana, Kom Ad Dakah Gharb, Qesm Al Attarin, Alexandria Governorate, Egypt
アレクサンドリア観光場所⑤ コーニシュの海岸通り
アレクサンドリアの特徴は地中海に何キロにも渡って面していること。
そのため、アレクサンドリアを訪れるなら地中海沿岸を見渡せる場所に行くべきで、地中海を一望出来る美しい眺めから、様々な文化が入り混じった雰囲気などを楽しめます。
そこで、海に面したコーニシュ(Corniche)の海岸通りもチェックしておきましょう。
このエリアには、上に挙げた図書館と博物館があり、少し西の内陸側へ向かえば古代ローマ時代の劇場跡、そして、海岸通りを西に沿って歩いていけばカイトベイ要塞にたどり着くことが出来るので、一通り周った後に、この海外通りを散歩してみるなんてのが良いかもしれません。
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アレクサンドリア|エジプト第二都市で古代の首都だった場所!観光地としても有名!のまとめ
古代に建てられたアレクサンドリアは、現在はエジプトの第二都市として多くの人たちを魅了しています。
エジプトへ訪れた際には、この場所にも訪れて歴史を感じてみましょう。
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