ブルースリーの死因とブランドンリーも巻き込んだ謎や呪いの噂話

ブルースリーの死因に関しては公式な声明が出ているにも関わらず、多くの謎や陰謀論が生まれてきました。さらに、息子ブランドンリーの事故死は、一家の呪いという話まで生み出す結果となりました。

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アジア人として初めてハリウッドスターの称号を手に入れ、稀代の武術家として知られるブルース・リーが1973年7月20日に目覚めた時、彼は健康で活発な32歳でした。

しかし、同日の夕方に突然頭痛を発症し、一眠りするために体を横にすると、この偉大な人物は二度と目を開けることはありませんでした。

ブルース・リーの死因に関しては「脳浮腫」であると公式に声明が出されており、本来であればそれ以上詮索の余地はないはずです。

しかし、世界中に影響力を持った偉人の死は数々の憶測や陰謀説を生み、さらに、息子のブランドンリーの奇妙な事故死が起きてしまった結果、呪いの説まで浮上してしまいました。

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ブルース・リーが亡くなった当時の様子

死因に直結するかは不明だが2ヶ月前から健康上の問題が発生していた

ブルースリーの健康問題は、その2か月前から始まっていました。

1973年5月10日、ブルースリーを代表する映画「燃えよドラゴン」のアフレコ(アフターレコーディング)を行っている際、突然倒れたのです。

ブルースリーはすぐに病院へ担ぎ込まれ、そこで激しい頭痛と発作を発症。

医師はこの症状を、過剰量の液体が脳内に存在することで腫れや痛みを引き起こす脳浮腫によるものと認識し、すぐに必要な治療を施しました。

入院を経てブルース・リーの体調は改善していったこともあり、5月13日には退院することとなります。

退院に当たり、ブルース・リーは普段のトレーニングを再開すると同時に、食事も普段通りに摂取を開始。

野菜と米、魚、ミルクといったオーガニックな食材が中心で、ケーキやペストリーのようなオーブンで焼いた食べ物や、精粉、精糖は完全に除かれた、厳格にコントロールされた食事内容でした。

7月20日までは、時々起こる頭痛に対して不満はあったものの、脳浮腫から劇的に回復しているようで、彼の友人達もあまり心配していませんでした。

ブルースリーが死亡した日

ブルー・スリーが死亡した日、1973年7月20日は、リーにとって非常に忙しい日だったようです。

リーは香港におり、プロデューサーのレイモンド・チョウとほとんど一日中、次の映画についてのミーティングをしていました。

その後、リーが死亡したことで未完の映画となってしまった「死亡遊戯」で共演予定だった女優、ベティ・ティング・ペイのアパートへ、ブルース・リーとレイモンド・チョウは向かいました。

しばらくすると、レイモンド・チョウは夕食会のために二人を残してティング・ペイのアパートを後にし、それから少しするとブルース・リーは突然頭痛を訴えます。

そこで、ティング・ペイがブルースリーにエクアジェシックと呼ばれる、アスピリンやメプロバメイトを含む鎮痛薬を渡し、その鎮痛薬を飲んだリーは午後7時30分頃、軽い居眠りをすると言って横になりました

しかし、数時間経っても、ブルース・リーが夕飯に姿に現さなかったため、ティング・ペイが居眠りをしているはずのリーの様子を伺いに行くと、彼が意識を失っているのを発見したのです。

ティング・ペイはレイモンド・チョウを呼び戻し、彼を蘇生しようとしましたが失敗。

そこで、直ちに医者を呼び、医者も10分間ほど蘇生を試みましたが、ブルース・リーが意識を取り戻すことはなく、リーは救急車によって近くの病院に運ばれます。

しかし、救急車が病院に着いた時、ブルース・リーは既に息を引き取っていたのです。

ブルース・リーの死因と陰謀説

ブルースリーの死因に関する公式な見解は「脳浮腫」

ブルー・スリーの遺体には外傷はなく、遺体解剖の結果、その死因は重度の脳浮腫によるものと判明。

脳浮腫によって過剰な水分が脳内に溜まったことで、リーの脳サイズは13%も増大していました。

また、レイモンド・チョウは直接的な死因として、ブルース・リーが飲んだ鎮痛薬に対するアレルギー反応によるものだと主張し、遺体解剖の報告書もこの主張を一部支持しているように思われました。

そして、検視官も公式にブルー・スリーの死因を「エクアジェシックによって起きた二次性の脳浮腫」と公式に発表。

また、エクアジェシックが一般的に危険な薬剤と考えられていなかったことから、ブルース・リーの死は、偶発的な不運または災難であると結論付けました。

さらにその後、複数の後追い調査が行われましたが、いずれも検視官の報告を支持するものでした。

ブルースリーの死因に関する憶測や陰謀説

それにも関わらず、ブルースリーの死に関しては多数の憶測陰謀説が生まれました。

エルヴィス・プレスリーやマリリン・モンローなどのように、薬剤の合併症によって若年で他界したハリウッドスターの死と同様に、検視官の報告は大衆を納得させるには十分な効果を持ち合わせていなかったのです。

死因にまつわる憶測や陰謀説① 筋弛緩剤や覚せい剤

ブルース・リーの友人である武道家であったチャック・ノリスは、リーは筋弛緩薬を飲んでおり、それが彼を死に至らしめたと主張。

そして、このノリスの発言は、ブルース・リーが飲んでいた他の薬についての議論をも活発化させてしまい、

  • 健康維持のために摂取していたハーブのサプリメントが死を引き起こした

と言うものから、

  • ブルース・リーは体形維持のために覚せい剤を飲んでいたことが死因だ

と言った、過激な憶測まで現れることとなってしまったのです。

死因にまつわる憶測や陰謀説② 売春婦陰謀説

また、ブルー・スリーの死因にまつわる噂として、売春婦がブルース・リーを殺したのではないかというものもあります。

それは、ブルース・リーは強力な媚薬の影響で自らのコントロールを失って暴力的になったため、売春婦が自己防衛のためにリーを殺したと言うものです。

死因にまつわる憶測や陰謀説③ ベティ・ティング・ペイによる暗殺説

さらに、致死量のエクアジェシックがベティ・ティング・ペイによって投与され、ブルース・リーは毒殺されたと主張する者もいます。

また、この主張が発展していった結果、ティング・ペイは秘密組織の下で働いており、その命令でブルー・スリーを暗殺したと主張する者も現れました。

もちろん、これは根拠の無いただの憶測であり、秘密組織がなぜブルー・スリーの死を望んだのかという点に関して全く説明出来ていません。

ブルース・リーの死をさらに不可思議にしてしまった息子の死

見ていきたように、ブルース・リーの死に関してはいくつもの憶測や陰謀説が誕生してきましたが、論理的に考えると、ブルース・リーの死因は脳浮腫であることは明白でしょう。

しかし、このブルース・リーの死を「ブルース・リー一家の呪い」として、さらにミステリアスに仕立ててしまったのが、彼の息子であるブランドン・リーの死です。

映画のセット上で銃に撃たれて事故死したブランドン・リー

ブルー・スリー一家の呪いの伝説が明るみになったのは、リーの死から20年経った時のことです

ブルース・リーには、ブランドンと言う息子がおり、父と同じように武術家として、また俳優として活動を開始。そして、20代にも関わらず大きな役割を手にしていくなど、ブランドンは急上昇中の若手スターでした。

(出典:wikipedia

1993年、28歳の時、漫画を元にした映画「クロウ/飛翔伝説」の中で演じたエリック・ドラヴェンという役の撮影を、ブランドン・リーは行っていました。

この映画はブランドンにとって、キャリアをさらに高める上で重要な映画となり得るものでしたが、この映画に対する評価を聞くことは出来なかったのです。

というもの、撮影中、銃弾が装填されていないはずの小道具の銃に実弾が装填されており、彼の腹部に銃弾が直撃して死亡してしまうという奇妙な事故が起きたから。

その結果、数々の陰謀論が巻き起こると同時に、ブルース・リーにまつわる陰謀論が息を吹き返し、「ブルース・リー一家の呪い」という話まで誕生してしまったのです。

ブルース・リーの伝記映画は息子の死を直前に予言していた

さらに、1993年にアメリカで製作されたブルース・リーの伝記映画「ドラゴン/ブルース・リー物語」は、結果的に息子ブランドン・リーの死を予言していたことが判明します。

ドラゴン・~ブルース・リー物語~ – 予告編 字幕

この映画の中でブルース・リー(ジェイソン・スコット・リーが演じた)は、生まれた時から彼に付きまとう悪魔の幻影と闘います。

中でも特に気味の悪いシーンは、その悪魔がブルース・リーに対してリー自身の墓を見せる場面です。

そして映画の最後に悪魔は、突然ブルースに対する興味を無くし、彼の息子であるブランドンをターゲットにしたのです。

この映画が公開される2ヶ月前に、ブランドンは亡くなっていました。

ブルースリーには幼少時代から何者かが取り憑いていたとする話も浮上

加えて、リーの幼少時代、ブルース・リーの両親は「ブルースに何者かが取り憑いていると信じていた」という話が浮上したことで、「ブルース・リー一家の呪い」の話は完成します。

ブルース・リーは辰年の、辰の時刻にアメリカのサンフランシスコで生まれましたが、彼の両親は、ブルースのことを家ではいつも女の子の名前で呼んでいたようで、これには理由があるとされます。

(出典:wikipedia

ブルース・リーの両親はブルースが生まれる前に、息子を一人亡くしていました。

そして、両親はこれ以上男の子を失いたくないという一心で、中国のある言い伝えに従ったのです。

それは、

息子を男の子の名前で呼ばないようにすれば、男の子の魂を盗もうとする霊を混乱させて息子を守ることが出来る

というものでした。

その結果、ブルースリーの両親は彼を女の子の名前で呼び続けたそうなのです。

この話が嘘か本当かは別として、この幼少期の話が浮上したことで、ブルース・リーとその家族の死にまつわる一連の呪いのエピソードのパーツが揃い、完成しました。


ブルース・リーを偲ぶ

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ブルースリーの死因とブランドンリーも巻き込んだ謎や呪いの噂話のまとめ

ブルース・リーの死因や、ブランドンリーも含めた一家にまつわる呪いの話までを紹介してきました。

ブルース・リーの死に関しては公式な発表の通り、おそらく脳浮腫が原因でしょう。

また、ブランドン・リーについては、不幸な事故死だというのが正解でしょう。

しかし、生前はエネルギッシュに活動して大きな影響力を持ち、アジア人としては当時、稀に見る活躍をしていたブルース・リーの突然の死はあまりにも衝撃的で、それが最大の原因となって様々な謎やミステリーを生んだと言えます。

まさに「伝説的な最期」と言うのがふさわしい状況となっていったのです。

世界のことって面白いよね!By 世界雑学ノート!

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