ネパールの宗教|割合からヒンドゥー教・仏教・キリスト教などの状況まで

ネパールの宗教状況について詳しく解説していきます。国内における各宗教の割合から、各宗教とネパールの関係までを見ていきましょう。

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中国インドに挟まれる南アジアの小国ネパールは、その地域的な特徴から、歴史的に様々な民族が行き交い、いわゆる多民族・他言語国家を形成してきました。

またこのことは同時に、ネパールにおける信仰にも少なからず影響を与えたと言って良いでしょう。

中でも、南アジアで古くから存在するヒンドゥー教の影響は大きく、長い間、ネパールの国教として社会機構や人々の考えに強い影響を与えてきました。

一方でネパールには、割合は低いもののヒンドゥー教以外の宗教、例えば仏教やキリスト教も存在し、人口の一部や、一部の地域で信仰されています。

この記事では、そんなネパールの宗教状況について詳しく見ていこうと思います。

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ネパールで信仰される宗教の一覧とそれぞれの割合

ネパールは近年までヒンドゥー教を国教としていた王国。

そのため現在、ヒンドゥー教の国教扱いは廃止されているものの、未だにヒンドゥー教がネパール最大の宗教となっています。

一方で、割合は低いもののネパールには他にも数々の宗教が存在し、また信仰されています。

ネパールで信仰されている宗教の一覧と割合は次の通りです。

順位宗教名割合(%)
1ヒンドゥー教(ヒンズー教)81.3
2仏教9
3イスラム教4.4
4キラント教3
5キリスト教1.4
6その他0.9

(※2011年国勢調査の結果)

以下では、各宗教の概要や、ネパールとの関係や歴史に焦点を当てながら、ネパールで信仰されている各宗教についてもう少し詳しく見ていきます。

ネパールで信仰されている各宗教の概要やネパールとの歴史や関係

ネパールの宗教① ヒンドゥー教

ネパールの起源に関していくつかの仮説や伝説が存在する中で、その一つに(Ne)」というヒンドゥー教の聖人がこの地を統治(pal)したため、「Nepal」になったという話があります。

また、古代ネパールにあった、ゴーパーラ王朝の最初の王を定めたのも「ネ」であるという話(信憑性に関しては疑問が残る)も残っているようです。

とにかく、「ネ」によってネパールが建国されて以降、様々な王朝が栄枯盛衰するヒンズー教王国となり、現在のネパールの姿に国家を統一した、プリトビ・ナラヤン・シャハを創始者とするネパール王国(1769-2008)まで続きました。

ネパールは、1990年の民主化運動「ジャナ・アンドラン」を経て立憲君主制となり、2008年に王制は完全に廃止され「連邦民主共和政」をとる「ネパール連邦民主共和国」となります。

結果、ネパール最後の国王「ギャネンドラ国王」はインドへと亡命。

この流れの中で、ヒンドゥー教を国教とした世界最後の王国としてのネパールが終焉を迎えたのです。

ただし、ネパール国内では圧倒的多数がヒンズー教徒である状況は変わっていません。

ネパールの宗教② 仏教

後にブッダ(563-483B.C.)と呼ばれるシッダールタ王子は、現在のネパールに位置するシャカ王国の首都「カピラヴァストゥ」で産まれたとされます。

また、仏教はヒンドゥー教の教義の一部を否定するようにして派生しているため、ヒンドゥー教が広まっている地域においては比較的馴染みやすい(信仰しやすい)宗教でした。

このような理由から、国教と定められていたヒンドゥー教に匹敵する勢力にはならかったものの、仏教はネパールに根付き、ネパール国内で仏教とヒンズー教は祈りの場を共有したり、同じ神々を祀ったりするまでに密接に関係していきました

ネパール国内の仏教徒の多くは主にチベット仏教と、ネワール仏教(ヒンズー教の影響を大きく受けてネパール独自の発展をした仏教)を信仰しています。

なかでもネパール北部の人口のまばらな地域では、シェルパ族やドルパ族、ロパ族などをはじめとする少数民族により仏教が信仰されています。

ちなみに、西暦600年代初頭に、ネパールの王女で隣国チベットに嫁いだペルサ(ブリクティ)という妃が中心的役割を果たし、仏教がチベットに広まったと考えられています。

ネパールの宗教③ イスラム教

1350年代、東インドの「ベンガル・スルターン朝」の君主「シャムスッディーン・イリヤース・シャー」がネパールに侵攻した折、ベンガルのイスラム教徒達はネワール族(主にカトマンズ盆地一体に居住する民族で現在はネパール人口の約5.5%を占める)の村を占領下におきました。

その後もマッラ朝(1769年まで存続したネパールの王朝)は、イスラム教徒が領内で生活することを認めたため、数百年の間にネワール・イスラム教と呼ばれる独自の分派がこの地で派生。

加えて、15世紀後半から16世紀初頭にかけて、カシミール地方(インド北部とパキスタン北東部の国境付近にひろがる山岳地域)のイスラム教徒がネパールにやってきて、首都カトマンズに定住するようになりました(※1970年代以降もこうしたカシミール地方からのイスラム教徒の移住はあるが、先住のイスラム教徒とは基本的に交流はないとされる)

こうして移住した人々の子孫は現在でもカトマンズに住んでいますが、その数はわずか2000人前後とされ、多くはありません。

一方、16世紀から17世紀にかけてインド北部に住む別のイスラム教徒のグループが、軍事関連の製造業を支援するためにネパールに招かれており、彼らの子孫たちは中央および西部ネパールに住み、現在は主に農業を営んでいると言われます。

ただ、このグループに属する人の多くは、数百年のうちにヒンドゥー教の影響を大きく受け、仲にはヒンドゥー教へ改宗している者もいるようです。

他にはインドのジャンムー・カシミール州にあるラダックという地域からやってきた人々も存在し、現在、彼らの多くは貿易業などのビジネスに携わっているため、国内のイスラム教徒のなかでは概して裕福な層になります。

ちなみに、ネパールのイスラム教徒のおよそ70%は、ネパール南部に東西に広がる細長い平原地帯「マデス」に住む人々「マデシ」のイスラム教徒

マデシのイスラム教徒がネパールにいつやってきたのかは定かではありませんが、1769年にネパール王国として統一されてからはずっと同地域に居住しており、多くが農業に従事しながら、イスラム教の改革と復興を牽引しています。

ネパールの宗教④ キラント教

キラント教は、ムンドゥム教とも呼ばれ、元々ネパール、インド、ミャンマーに住むキラント諸族に信仰されている宗教

キラント諸族を構成するリンブー族、ライ族、スヌワール族、ヤッカ族の4つの部族に属する多くの人々はネパールに住んでいるため、キラント教はネパールで4番目に大きな宗教となっています。

(出典:wikipedia

そのキラント教は、

  • アニミズム
  • シヴァ神信仰
  • 仏教

の「習合」、つまり、各宗教の神々や教義などの一部が混同ないしは同一視されているのが特徴で、また「ムンドゥム」と呼ばれる経典が存在し、諸族ごとに神話や教義の内容が多少異なってきます。

但し、ヒンズー暦の2番目と11番目の月の満月の日に行う年に2回のウダウリ祭と、キラント諸族の暦の新年を祝う祭りの、3つの行事は全てのキラント諸族が共通して祝うとされます。

また、キラント教の神官はナクチョンと呼ばれ、太陽や月、風、火、自然、そして先祖の霊を祀る儀式を司ります。

ネパールの宗教⑤ キリスト教

ネパールへのキリスト教伝来は1628年にポルトガル人のイエズス会宣教師、ジュアン・カブラルが当時の王朝であったマッラ朝の国王に謁見したのが始まり

国王はカブラルに対して、国内での布教を許可します。

次にキリスト教の宣教師が次にネパールにやってきたのは1661年のことで、ネパールに短期間滞在した、オーストリア人のヨハン・グルーバーとベルギー人のアルバート・ド・オルヴィーでした。

その後は、1707年にローマからカプチン神父がカトマンズにやってきます。

プリトビ・ナラヤン・シャハ(ネパールのゴルか王国の第10代君主でネパール王国としてネパールと統一した人物)によって、ネパールが統一された1769年にインドへ追放されるまで、カプチン神父はこの地で布教活動をしながら生活しました。

時は経って1932年、ネパール人初のキリスト教牧師となったガンガ・プラサッド・プラダンが、スコットランド人宣教師の協力を得てネパール語への聖書の翻訳を行い、1950年になると、宣教師たちは181年ぶりに公にネパールを訪問することを許されます。

しかし、人々を改宗させることは違法とされていました

そのため宣教師たちは社会奉仕や医療、教育などの分野でネパールの人々の生活を支えることに重点を置きながら、キリスト教の教えを間接的に広めていくことに注力します。

一方で、2008年にヒンドゥー教が国教ではなくなり、政教分離の国となったネパールではクリスマスも休日となり、これ以降、改宗を見越した宣教師達の活動が活発化しているようです。

※ただし、2017年10月16日、同国では宗教の改宗などを禁止する「改宗禁止法案」が成立したため、表立った改宗活動は難しくなったと言える(参照:CHRISTIAN TODAY

ネパールの宗教⑥ その他の宗教

ネパールの人口1%弱は、これまで紹介してきた5つの宗教以外を信仰しているのは、最初に掲載した割合の統計にある通りです。

そこには、細かいものまでを含めれば多数の宗教がありますが、なかでも以下の二つの宗教に関して触れておきたいと思います。

バハーイー教

バハーイー教は、19世紀半ばにイランのバハー・ウッラーによって創られた一神教で、ユダヤ教のモーゼ、キリスト教のキリスト、イスラム教のムハンマドに加えて、ゾロアスター教のゾロアスターや、仏教のブッダなど、世界でメジャーな宗教全ての創始者を神の啓示者と考える宗教。

そのため、他の宗教を排除したり、相手を無理に改宗させることはしないという特徴的な思想を教義の基盤に持ちます

このバハーイー教がネパールに伝わったのは1952年だとされ、それ以降、集会などの活動が盛んになりつつありましたが、1976年から1981年までの間の法規制により、すべての集会は一旦解散させられてしまい、再開するのは1982年のことです。

一方で、バハーイー教のコミュニティは、その寛容な教義から、ネパール国内で宗派を超えた団体に関わっていると言われます。

ユダヤ教

その起源に関しては不明なものの、ネパールにはユダヤ教を信仰する人々もいます。

これは恐らく、地域的にも歴史的にも、ネパールは人の移動が盛んに行われてきた場所であり、結果として、他の地域からユダヤ教徒も移り住んできたためだと推測できます。

しかし、1986年以前、ユダヤ教のコミュニティはネパールにおいてほとんど目立たない存在でした。

1986年、ネパールの首都にあるイスラエル大使館は、毎年ネパールを訪れる数千人ほどのイスラエル人に対して、ユダヤ教の祭りである「過ぎ越しの祭り」を開催。

これ以降は毎年この祭りが開催されるようになり、また、2000年には伝統的なユダヤ教の維持・普及や、慈善活動などを行う拠点「ハバドハウス」が首都カトマンズに作られるなどした結果、ネパール国内でのユダヤ教は以前に比べて活動的になっています。

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ネパールの宗教|割合からヒンドゥー教・仏教・キリスト教などの状況までのまとめ

ネパールでは国教として廃止されてからも、80%以上の人々がヒンドゥー教を信仰しているのは変わりません。

しかし、そんなヒンドゥー教を中心としたネパールにも、他の宗教を信仰する人々がそれなりにいることが分かったかと思います。

世界のことって面白いよね!By 世界雑学ノート!

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