ロヒンギャ問題とは近年起こった人道的惨劇の一つで、非常に多くのロヒンギャ達が難民となってしまった問題です。その原因や状況などをわかりやすくまとめていきます。
2017年8月、バングラデシュとミャンマーの国境沿いで人道的惨劇が起きました。
その地域に住んでいたロヒンギャ族と呼ばれる人々に対してひどい軍事的弾圧が加えられ、数十万にもなるロヒンギャの人々が難民となってしまったのです。
この問題は後に「ロヒンギャ問題」と知られることとなり、国連にも「地球上で最も急速に拡大している難民危機」として取り上げられ、国際社会を揺るがしました。
このロヒンギャ問題とは何なのでしょうか?そしてロヒンギャ問題は何が原因で起こったのでしょうか?
ロヒンギャ問題についてわかりやすくまとめて解説していきたいと思います。
ロヒンギャ問題とは?簡潔にまとめてみると。
ロヒンギャ問題とは、東南アジアの国ミャンマーにおいてイスラム系少数民族のロヒンギャ族が「不法移民」として国籍を与えられず、数々の差別や迫害を受けている問題。
その差別や迫害とは、
- 国内の移動
- ロヒンギャがラカイン州を出ることは違法とされていた
- 結婚の制限
- 労働の強制
- 恣意的な課税
- 財産の没収
などに止まらず、住居の破壊や食料や衣類の制限、そして女性に対してのレイプや殺害(注)など、人間としての尊厳を破壊して基本的人権を奪う凄惨な状況が続いています。
特にミャンマーのラカイン州(ミャンマーで最も貧しい州の1つ)の西北部に多く住むロヒンギャ達と、ラカイン人仏教徒との間に生じていた軋轢が、ついに爆発したことで最悪の事態となりました。
そして、拡大する差別や迫害から逃れるため、80〜100万人近いロヒンギャの人々が国外へ避難する事態となっており、その被害の状況からロヒンギャに対する「民族浄化」や「ジェノサイド(大量虐殺)」と非難されることもあります。
(注釈)ミャンマー軍による殺害には一般人も多く含まれているが、ミャンマー側はこれを否定。あくまでもロヒンギャ側の武装組織に対する攻撃であって、一般市民を標的にしたものではないと主張している。
そもそもロヒンギャとは何者なのか?
では、このロヒンギャ問題の中心となる「ロヒンギャ」とは一体何者なのでしょうか?
ロヒンギャはミャンマーに数多くいる少数民族の一つで、このロヒンギャ問題が拡大する前の2017年の初め頃には、ミャンマー国内に100〜110万人ほどが暮らしていました。
ミャンマーに住むイスラム教徒の大多数がロヒンギャの人々で、おもにラカイン州で暮らしています。
また、独自の言語(ロヒンギャ語:ベンガル語チッタゴン方言の一つ)と文化を持ち、言語的、そして民族的なつながりを見た場合、歴史の中でベンガル地方(インドの西ベンガル州とバングラデシュ)からミャンマーのラカイン州に移り住んできた人々であると考えられています。
そしてその起源は、
- 15世紀に同地方に存在したアラカン王国時代のムスリム達まで遡ることが可能
- 19世紀にラカイン地方がイギリスの植民地となると移民が連続的に流入
- 第二次世界大戦後の混乱期に食料を求めて移民が流入
- 1971年のインド・パキスタン戦争の混乱期に移民が流入
(※ただし、ロヒンギャという呼称の使用を文書記録として確認出来るのは、第二次世界大戦後の1950年までしか遡れない)
の主に「四重の層」から成るとされています(参照:現代ビジネス)。
一方で、国民の大多数が仏教徒であるミャンマー政府はロヒンギャを自国民とは認めず、2014年に行われた国勢調査からも除外したのです。
ロヒンギャはバングラデシュからの不法移民だという主張が、ミャンマーの多数派を占めます。
なぜロヒンギャ問題が拡大したのか?直接的な原因は?
見てきたように、規模は異なるものの、ロヒンギャ問題は以前からミャンマーに根深く存在してきた問題で、その原因も根深いものでした。
では、このロヒンギャ問題が2017年後半に「ジェノサイド(大量虐殺)」と言われるほどまで拡大したのはなぜなのでしょうか?
今回の大規模問題が始まったのは、ロヒンギャの武装組織であるアラカン・ロヒンギャ救世軍、通称ARSA(2012年3月に結成)が、2017年8月25日に国内30箇所以上の警察施設に武力攻撃をしかけたのがきっかけ。
武力攻撃と言っても、救世軍側の武器は刃物は棒なのど簡素なものだったのにも関わらず、ミャンマー軍はロヒンギャ武装組織への徹底的な反撃並びに掃討作戦を開始します。
その結果、8月25日以降には武装部隊や暴徒化した仏教徒による村の焼き討ちや襲撃、一般市民への虐殺が起こったのです。
また、一連の暴行が始まった後には一ヶ月で最低でも6,700人のロヒンギャが死亡し、そのうち少なくとも730人は5歳以下の子どもだったとされ、さらにはミャンマー軍による女性や女児への強姦(レイプ)も行われたと言われます。
一方、ミャンマー政府は、
- ミャンマー軍による「掃討作戦」は9月5日に終了
- 一連の武力攻撃はあくまでもロヒンギャの武装組織を対象
- 作戦の中での死者数は400人程度
と発表していますが、実際には9月5日以降も武力行為が続けられて一般人も対象になっており、またこの衝突に関連する死者数は上でも述べた通りはるかに上回るものだと考えられています。
加えて、2017年8月以降、ラカイン州北部の少なくとも288の村が一部、または完全に焼き払われ、特に被害の大半は、2017年の8月25日から9月25日の間に起こり、ラカイン州のマウンド地区に集中しているとされます。
このような状況から、大規模なロヒンギャ難民が急速に発生し、バングラデシュを含め近隣諸国へ非難する事態となったのです。
ちなみに、国連はこのロヒンギャ問題の状況を見て「地球上で最も急速に拡大している難民危機」として批判していることからも分かる通り、これまで非常に多くのロヒンギャ達が難民となってしまいました。
2018年前半の時点で、9つの難民キャンプとそれに準ずる居留地には、およそ80万のロヒンギャが生活していると推定されており、さらにその外には10万を超えるロヒンギャの人々がいるとされています。
そして、ロヒンギャ難民の多くは着の身着のままで避難しており、厳しい環境のなか手当たり次第に建てられた仮設テントに住み、充分な援助、水、食料、住まい、医療のどれ一つとして得られずにいるのです。
ロヒンギャ問題をわかりやすくするために知っておきたいポイント
鍵となる宗教対立
イスラム教少数派グループであるロヒンギャ達は、ミャンマーから国籍を拒否されており、仏教層達が率いる強力な右翼団体の標的になっています。
そしてこの国粋主義者達(右翼団体)は大きな組織を持ち、社会的にも影響力が強く、ソーシャルメディアなどを活用することで世論に影響を与えています。
彼らは異なる宗教間での結婚を制限し、国を浄化することを目指しており、非仏教徒をミャンマーから追放したいと考えているのです。
また、この宗教間の対立の中では、過去、2012年にイスラム教徒の男性(ロヒンギャだとされる)が、仏教徒の女性をレイプしたとされる事件も発生しています。
ロヒンギャ問題は2017年8月以前から既に起こっていた
ロヒンギャに対する差別や迫害は、1962年に軍事クーデターが起きて成功したことで激しくなりました。
1948年にビルマ(ミャンマー)が独立した後しばらくは、ロヒンギャは今ほど差別的には扱われなかったと言います。
しかし、1962年のクーデターによって政府軍が国を主導するようになると、「ビルマ民族中心主義」を掲げた社会主義体制が作られ、ここから急激にロヒンギャ差別が激しさを増していきます。
このため、2017年8月以降に起こった大規模な問題以前にも、毎年ラカイン州から避難するロヒンギャ難民は結構な数に上っており、2017年8月以前の時点で、30万人ほどのロヒンギャ難民が難民キャンプや仮設テントなどで生活していたと言われます。
ロヒンギャ差別は社会機構の中でシステム的に行われてきた
独立後の1948年からしばらくは、ロヒンギャに対する差別は今ほどではないと上で述べましたが、それでもシステム的な差別はすでに存在していました。
その代表的な差別が、1948年に連邦市民権法(The Union Citizenship Act) が承認された際、ロヒンギャが含まれていなかったことです。
そして、1962年の軍事クーデターのが起こった後、国民は国民登録証を取得するように要求されましたが、ロヒンギャには「外国人身分証明書」しか与えられませんでした。
外国人身分証明書では、仕事や教育の機会が制限されてしまいます。
加えて1982年には新しい国籍法が承認されましたが、ミャンマーの135の民族の中にロヒンギャは含まれていなかったのです。
大規模問題を引き起こした直接的原因のARSAとは?
2017年8月に起きたロヒンギャ問題の急速な拡大は、上述したように「アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)」がミャンマー警察を襲撃して10人以上を殺害したのが直接的な原因です。
では、このARSAとは一体どのような組織なのでしょう?
ARSAはロヒンギャ兵士数百人からなり、「ロヒンギャ族のためのムスリム自治国家を打ち立てる」ことを目指している反政府武装組織で、ミャンマー政府にはテロリスト集団とみなされています。
そして、その指導者はアタ・ウラーと呼ばれる、民族的にはロヒンギャだけどパキスタンで生まれ、その後はサウジアラビアに移住して裕福な生活を送っていた人物です。
一方で、アウ・タラーがどれほどミャンマーに住むロヒンギャ達と同じ気持ちを共有しているのかは分からず、また、ARSAがロヒンギャの人々にどれほど支持されているかも明らかではなかったりします。
ロヒンギャ問題は土地を中心とした天然資源を巡った争いとも見える
ロヒンギャの制圧は、宗教や民族の違いだけが理由ではなく、天然資源を巡る問題も絡んでいると言えるかもしれません。
過去、ロヒンギャ族は現在のミャンマーとバングラデシュの間を自由に行き来することができましたが、国境が確立してからは移動が制限されるようになりました。
同時に、限られた土地は貴重で利益を生み出す資産としての考えが強くなっていきます。
その考えを反映するように過去50年以上の間、ミャンマー軍は国と大企業の土地確保に手を貸すことが多くなっていき、政府は領土や水源を掌握して、鉱業、天然油、天然ガス、林業、農業など、経済的利益を拡大してきました。
また、同様な経済目的の下、軍によってロヒンギャ、カレン、モン、シャンなどの少数民族が暮らす地域に、中国、韓国、日本を始め、海外から投資を受け入れ拡大してきた流れもあります。
そして、ミャンマーでは近年、表面上は民主改革が起こりましたが、未だに軍が政府およびビジネス開発に対して多大な影響力を持っており、加えてミャンマーの憲法上、アウンサン・スーチー国家顧問は軍に対する権限は持っていないのです。
このような背景を考慮すると、ARSAによる警察への攻撃を口実として、軍による資産、つまり土地やそれに付随する天然資源を獲得する一連の流れに、ロヒンギャ問題は上手く利用された可能性もあるのではないでしょうか。
バングラデシュもロヒンギャの受け入れに懸念を示す
ロヒンギャ難民達の問題が未だに落ち着かない原因の一つに、多くの難民が避難先として目指したバングラデシュが、難民受け入れに対して抵抗を示していることも挙げられます。
というのも、世界で最も人口密度の高い国であるバングラデシュは、日本のおよそ1/3ほどの国土の中に、日本より多い1億6000万の人がひしめき合って暮らしており、さらに、一人当たりのGDPは1500ドル程度。
加えて、バングラデシュは自然災害も頻発する国。
このように、国自体にも余裕がなく、数十万を超える難民を受け入れて支えることは非常に困難だというのが理由で、ロヒンギャ難民全ての受け入れに難色を示しているのです。
ロヒンギャ問題におけるアウンサンスーチー
ノーベル賞受賞者でありミャンマーの国家顧問であるアウンサンスーチーは、ロヒンギャ問題について沈黙を守っています。
アウンサンスーチーは、大規模問題の当事者であるミャンマー政府を批判も賞賛もせず、他方ではロヒンギャを民族として認めず、実際はロヒンギャ(特にアラカン・ロヒンギャ救世軍)をテロリストとして認識しているとも言われます。
ちなみにミャンマー軍は、自分たちの行動が「平和と安定を維持する」と主張していますが、国連はミャンマー軍が人道に反する罪を犯したと非難しています。
国際社会の動き
このロヒンギャ問題に関して、国際社会は次のような対応を行ってきています。
- 2018年の前半までに70万のロヒンギャ難民に食料を援助している
- 10万人近いロヒンギャに対して栄養失調で処置を行った
- 31万5千人の子供へジフテリア、破傷風、百日咳を含む5種混合ワクチンの接種を提供した
また各国の対応は以下の通りです。
- 国連安全保障理事会
- ミャンマー政府に対して武力行為を中止するよう訴えたが制裁は課していない
- 日本
- 難民支援へ1860ドルの支援を行うと表明した
- アメリカ
- ミャンマー軍に対して法の順守に基づいて武力行為を中止し、あらゆるコミュニティからの民間人の排除を止めるように主張
- 中国
- 国際社会は国内問題の安定を図るミャンマー政府を支援すべきであると主張
- イギリス
- バングラデシュに逃れるロヒンギャ難民に対して5900万ポンドの支援を約束
- ミャンマー軍のための軍事研修を中止
- バングラデシュ
- コックスバザール一帯の避難所増設を計画しているが、指定地域への立ち入りを制限したい考え
- ミャンマー
- 国内のラカイン州に設置した臨時避難所に行くよう難民に促す
- 2017年11月にバングラデシュとミャンマーの間で数十万の難民を送還する協定が結ばれたが、詳細についてはほとんど明らかにされていない
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ロヒンギャ問題とは?わかりやすく原因などをまとめて解説のまとめ
ロヒンギャ問題はミャンマーのラカイン州に住むロヒンギャに対して行われた一連の差別や迫害で、2017年8月以降はその規模がジェノサイドと呼ばれるほどに拡大してしまいました。
この問題の解決にはまだまだ時間が掛かと予想され、国際社会のさらなる積極的な協力が必要になりそうです。