センチネル族は北センチネル島に住み、石器時代の生活を未だに送っていると言われる人々です。動画や画像を交えながらセンチネル族について詳しく見ていきましょう。
今日、未開の民族は世界にほとんど残っていません。
つまり、定住や移住を受け入れたり、鉱山資源を採掘したり現代技術を使うことなく、外界のことを事実上何も知らず、外界の人々からもほとんど知られていない人々のことです。
しかし、それでも世界の極限られた一部の地域には、少なからずこういった人々が存在しているのも事実。
外部からの干渉を受け入れず、現代文明の影響を全く受けずに独自の言語、食事、生活習慣などを維持している民族がいくつか存在しており、インド洋の北センチネル島に暮らすセンチネル族もこういった民族の一つです。
この記事では「石器時代の生活を維持している」とさえ言われるセンチネル族について、動画や画像も含めながら詳しく紹介していこうと思います。
センチネル族とは?
センチネル族とは、インドとマレーシア間の東寄りにあってインド洋に浮かぶ、500以上の島々からなるアンダマン・ニコバル諸島の一つ「北センチネル島」に住む原住民。
住んでいる島の名前から「センチネル族」と呼ばれている人々です。
(出典:steemit)
この地域に数千年〜数万年に渡って暮らしていると言われ(※但し、中には数百年という話もあり具体的にいつ頃に彼らが同地域にやってきたのかは不明な点が多い)、その肌の色や外見的な特徴からアフリカ大陸に起源と持つ民族だと推定されています。
そしてセンチネル族が有名な理由の一つが、部外者を強く警戒する性格から「凶暴で友好的でない部族」や「危険な民族」として知られているという点。
これまで外部の人間がセンチネル族に接触して友好関係を築こうと何度か試みられましたが、切り立った島の岩礁と荒波に守られる彼らから返ってきたのは多くの場合、矢の嵐でした。
また矢が返って来ない場合も、外部の人間が北センチネル島の岸にたどり着いた時には島民は姿を消し、ジャングルに紛れ込んでしまいました。
このように、センチネル族は完全に外界との接触を拒み、これまで現代文明から事実上切り離された最後の民族の一つ(注1)であり、またそのことから、未だに狩猟や採集が生活の中心になっており、使用する道具も非常に原始的な槍や弓矢などであるため、石器時代の生活を維持する世界で唯一の民族とも考えられています(注2)。
- (注釈1)センチネル族のように外部との接触がない民族は他にも、パプアニューギニア南東部に住むコロワイ族、ブラジルのジャヴァリ谷に住むフレイチェロス族、ペルーのアマゾンに住むマシコ・ピロ族などがいる。
- (注釈2)実際には北センチネル島付近まで流れ着いだ沈没船など、現代文明の残骸から金属を採取し、その金属を加工して作った道具も用いているため、完全に石器時代の生活を送っているわけではない。
センチネル族の人口規模
上述したように、センチネル族は非常に警戒心が強く、これまで外部の人間が友好的な状況で十分な期間、彼らと接触したことはありません。
そのため、北センチネル島に一体何人のセンチネル族の人々が住んでいるかは未だに具体的なことが分かっておらず、不明なままです。
しかし、外部からの観察調査によるとおおよそ最小で40人弱、最大で500人と見積もられており、現実的な数としてはおそらく250人前後だろうと言われます。
また、北センチネル島は行政面からはインド領になるため、インド政府が2001年に実施した人口調査では、21人の男性と18人の女性が北センチネル島で確認されています。
しかし、センチネル族は部外者から身を隠すことで知られている上、凶暴な彼らから身の安全を確保するために、この人口調査は島へ上陸せずに行われ、さらに島全体の面積は70㎢ほどにもなる点を考えると、センチネル族の人口規模を正確に計測したとは言えません。
そのため、未だに北センチネル島に住むセンチネル族の人口数については良く分かっていないのが現状です。
センチネル族と外部の人間との関わり
センチネル族と外部の人間の交流に関しては、当時植民地としてインド領を支配していたイギリス人達が接触を図った1880年と、インド政府や研究者チームによって1970代から1990年代前半まで積極的に行われた、交流への取り組みが記録として残っています。
しかし、どの接触や交流の計画も結局は失敗に終わり、センチネル族の生態が解明されることはありませんでした。
(出典:EXPRESS)
例えば、インド政府はセンチネル族へプレゼントを渡したり、部族の男性を数人連れだして会話を試みようと計画していたようですが、センチネル族の人々は部外者を見つけたとたん弓矢を使って攻撃を始めたり、ジャングルの奥深くに隠れてしまうため、インド政府の交渉は失敗に終わっています。
他にも人類学者による交渉が図られました。
このチームはブタや人形、アルミ製の調理器具やココナッツをプレゼントとして持参し、まずは沿岸部でそのプレゼントをセンチネル族の人々に見せました。
これによって、センチネル族を沿岸部におびき寄せ、その間に彼らについて調査しようと計画していたのです。
しかし、センチネル族の人々はプレゼントとして献上されたブタを殺して人形と共に焼き、人類学者たちを攻撃した後に、ココナッツとアルミ製の調理器具だけを奪ってジャングルに持ち帰りました。
石器時代の生活を送るセンチネル族についてのさらに興味深い話
見てきたように、北センチネル島に住むセンチネル族はその警戒心や凶暴性から、未だに詳しく解明されておらず、謎が多く残る民族です。
しかし、それでもある程度分かっている点もあります。
ここからは、センチネル族についてさらに理解を深めるため、彼らに関する興味深い話をいくつか紹介していきましょう。
センチネル族の身体的・身体的な特徴
上述した通り、センチネル族は黒い肌とネグロイド(アフリカ大陸の黒人系人種)の特徴を持つため、アフリカから来たと推測されている点はすでに述べた通り。
加えて、男性の身長は160cmほどと言われ、現代の世界平均身長と推定される170〜173cmと比較して非常に低いのが分かります。
(出典:youtube)
これは恐らく、北センチネル島という限られた土地で限られた食料を得て暮らし、飽食な現代社会から完全に切り離されていることが理由なのではないでしょうか。
また、島の様子を撮影しようとしたヘリコプターや部外者に攻撃する際、左手を使うことが多いため、男性に限っては(女性については観察されていないので不明)、ほとんどが左利きだと推測されています。
一方、センチネル族は木の表皮やツタなどの繊維を使って出来たネックレスやヘッドバンド、そしてベルトなどを身にまとっており、男性の場合は腰に巻くベルトが女性の物より太いのが特徴で、加えて槍、弓、矢を携行しているのが確認されています。
センチネル族の家
センチネル族は、主に二つの家屋を基盤に生活していることが分かっています。
まず一つ目が、最大4人ぐらいの核家族向けのもの。
この住居は壁のない急ごしらえしたような小屋で、ヤシの枝と葉が床に敷かれていることがあります。
そして二つ目が、敷地面積およそ12㎡にもなる数家族向けの共同住居(集合住宅)で、こちらは周囲の地面より高く設けた床や、家族を仕切るパーティションが備え付けられているなど 、手の込んだ作りとなっています。
以前は「人食い」の習慣があるとも言われた(実際は無いと思われる)
その凶暴性から、センチネル族は過去に人食いの習慣があると考えられていた時期がありましたが、この習慣を裏付ける証拠は見つかっておらず、現在では恐らく間違いだと考えられています。
実際には、主に森林からとれる植物や果物、魚介や野生動物などを食べているとされ、また、同じアンダマン諸島に住む民族の一つオンゲ族と食文化が似ていることから、オンゲ族(オンゲ族はセンチネルと違い部外者との接触に対してそこまで強い警戒心は示さない)とセンチネル族は民族的に関係があるかもしれないとされています。
センチネル族の言語は未だに解読不可
センチネル族が話す言語は「センチネル語」と呼ばれており、外部の人間が長期に渡って接触出来ていないため、その言語を理解するのはとても難しく、未だに解読されていません。
また、上に挙げたオンゲ族や、アンダマン諸島に住む他の民族ジャワラ族と同系統の言語だろうと推定はされているものの、最も近いと考えられるジャラワ語でもやり取りすることは出来ていないため、同じ言語というわけではなさそうです。
結果、これまで会話を通して外部の人間がコミュニケーションを取ることは残念ながら出来ていません。
センチネル族に関する動画
センチネル族に関しては、以前に島へ研究チームが派遣された時に撮影された動画がいくつか残っています。
しかし、動画のほとんどは70年代のもので画質も鮮明でないため、彼らの姿を事細かに確認することは出来ませんが、ここでは2つほどセンチネル族の動画を紹介しておきます。
センチネル族の動画①
チームが島民にココナッツを贈った際に、その返礼として考古学者のボートに向かって矢が降り注いできたり、ボートに向かって陰部をぶらつかせるという無礼な踊りをする場面が含まれる動画。
センチネル族の動画②
英語の解説が入ったセンチネル族の動画。
1番目の動画に比べて離れた場所からの撮影のため、センチネル族の表情などは確認出来ないが、より広範囲に渡ってセンチネル族の人々の姿を見ることが出来る。
ここでも撮影チームへ矢を放つ姿が目立つ。
インド領に住んでいるが完全に独立している
北センチネル島はインド連邦の直轄地域「アンダマン・ニコバル諸島」の一部として、インド政府によって合法的に管理されています。
しかし事実上、センチネル族は完全に独自の自治を行ない、インド当局の関与といえば、ときおり監視をしたり、ごく稀に島に近づいて観察による調査を行ったり、あるいは誰かが島に近づくことを防止するくらいのものです。
また、2004年にスマトラ島沖地震では、インド洋の島々に津波が押し寄せたため、センチネル族の人々も危ういのでないかと、インド海軍は非常物資を送るためにヘリコプターを飛ばしましたが、逆にセンチネル族の弓矢や槍によって追い返されています。
このように、法律上はインドの領に住んでいる人々だと言っても、完全にインドからは独立して暮らしているのがセンチネル族なのです。
2006年には偶発的に外部者が殺害されてしまった
1990年代後半以降、インド政府はセンチネル族に干渉しないという方針を決め、この島へ許可なく外部の人間が近づくことを禁止しました。
(北センチネル島の周囲へ近づくことは禁止されている:出典:wikipedia)
しかし2006年、この島の近くでノコギリガザミ(インド太平洋の熱帯域で取れる大型の食用蟹)を密漁していた二人の漁師が、センチネル族に殺害されるという事件が起こりました。
当初この二人の漁師は錨(イカリ)で船を固定し、ボートが流されないようにしていたようですが、その錨は間に合わせで作ったものであったため用をなさなくなり、結果としてボートは流されて島の浅瀬に漂着し、二人は島民に殺されたようなのです。
またその後、遺体回収のためにインド沿岸警備隊がヘリコプターを派遣しましたが、センチネル族の戦士達によって弓矢で追い払われてしまっています。
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センチネル族|北センチネル島民を動画や画像付きで解説!石器時代の生活を送る民族のまとめ
北センチネル島に住むセンチネル族に見てきました。
いまだ謎に包まれるセンチネル族の人々ですが、唯一確かなことは、厳しい天候や気候変動が起こる中でも生き残り、誇り高き心と自給自足の生活を守るで強い人々であるということ。
また、死者の埋葬にまつわる慣習が観測されていることから、センチネル族はなんらかの信仰心があるとも言われ、「人間とは何なのか?」という根本的な答えに対するヒントを持っている人々なのかもしれません。