古代遺跡一覧|アジア・ヨーロッパ・アフリカなど世界から20選!

古代遺跡20箇所を一覧にして紹介していきます。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、そしてアメリカ大陸まで、世界各地に点在する古代遺跡を見ていきましょう。

古代に存在した文化や人々の生活の足跡を残す古代遺跡は、現代に生きる人々へ多くのことを伝えます。

そして、そのような古代遺跡は世界中に点在しており、歴史に興味を持った人から旅好きまで多くの人々を魅了しているのです。

この記事ではそんな世界各地に散らばる古代遺跡の中でも、特に知っておくと良さそうな20箇所をアジア、ヨーロッパ、アフリカ、そしてアメリカ大陸からピックアップし、一覧としてそれぞれ簡単に紹介していこうと思います。

古代遺跡に興味があるなら確認してみましょう!

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古代遺跡1:万里の長城(中国)

紀元前7世紀頃には建設が始まり、紀元前220年頃には中国の秦の始皇帝によってさらに巨大化され、その後も度重なる工事によって規模をどんどん大きくしていった万里の長城は、外部からの侵略を防ぐために建てられました。

そのため、中国における軍事目的の古代建造物であると言え、また、2万kmを超える長さは、世界に存在する建造物の中でも群を抜いています。

毎年1000万人以上がこの万里の長城を訪れているとされ、中国の底力を感じるためにも一度は訪れてみたい古代遺跡だと言えるでしょう。

古代遺跡2:アンコールワット(カンボジア)

宗教的な遺跡としては世界でも最大級の建造物であるアンコールワットは、9世紀から15世紀に栄えたクメール王朝によって、ヒンドゥー教の寺院として建てられた建造物。

12世紀にスーリヤヴァルマン2世という王によって、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神を崇めるために、クメール王朝の首都に建造されました。

立ち並ぶ5つの円錐形の塔は巨大な蓮の花のつぼみを表しているとされるなど、その建物に込められた意味を探りながら見学するのは興味深い体験となるでしょう。

ちなみに、このアンコールワットは、アンコール遺跡と呼ばれる広大な遺跡群に含まれる一つの建造物になります。

古代遺跡3:ボロブドゥール遺跡(インドネシア)

ボロブドゥール遺跡は、インドネシア諸島の中で最も大きな島であるジャワ島に残された仏教の古代遺跡。

その総面積は1.5万㎡にも及ぶ上に、高さは元々42mもあったとされるなど、世界的に見ても最大級の仏教寺院として知られます。

そして、その形状は階段状のピラミッド状を成しており、それぞれの階層が悟りの段階を示しているのが特徴。

下に行くにつれて仏教の経分を表す複雑なレリーフが刻まれ、逆に高い階層では、鐘の形をした仏塔の中に入ったブッダ像を見つけることが出来ます。

インドの芸術様式と、神聖な場所をテラス風にして建築するインドネシアの伝統的な様式を融合させながら建てられており、ヒンズー教と仏教の相互作用による産物ともいえる古代遺跡なのです。

古代遺跡4:エローラ石窟寺院群(インド)

インドのマハーラシュトラ州にある高い崖を両側から掘り進めて建立されたエローラ石窟寺院は、仏教、ヒンズー教、ジャイナ教の教えが、古代インドで平和的に共生していたことを示す古代遺跡。

7世紀頃に建てられ、34に上る石窟(修道院と寺院)から構成されています。

また、これら石窟の外面には美しい彫刻が施され、そこでは古代の人々が持っていた卓越した彫刻技術を垣間見ることが出来ます。

なかでも、穏やかなブッダと力強いヒンズー教の神々が戦いを交える様子を描いた彫刻は特筆に値するでしょう。

古代遺跡5:ペトラ(ヨルダン)

古代のナバテア人は、紅海と死海の間にある砂岩の崖に、素晴らしいペトラと呼ばれる古代の町を彫りあげました。

ペトラはスイスの探検家ヨハン・ルードヴィヒ・ブルクハルトが、1812年に再発見するまで忘れ去られていた古代遺跡で、実際に発掘されたのはわずか15%のみ。

しかしそれでも、800近い墓、豪華な寺院、教会、そして有名な宝物庫などを確認することが出来ます。

ちなみに、ペトラ遺跡はまた、光の加減によって遺跡の壁面の色が変わることでも有名で、その表情の変化を見るためにも出来れば晴れた日に訪れるのがおすすめです。

古代遺跡6:マサダ(イスラエル)

ユダヤ砂漠に位置する古代の要塞マサダは、乾いて埃(ほこり)まみれの高地に見えるかもしれません。

しかし、かつてはユダヤ王国を統治していたヘロデ大王の離宮があっただけでなく、古代ローマが攻めて来た「第一次ユダヤ戦争」において、ローマに対抗して激しい戦いが行われた場所でした。

このような理由から、当時の戦いによって残されたローマ軍による包囲網の跡がマサダには残されており、これは、同地を攻撃したローマ帝国の爪痕として歴史的に価値が高いものとなっています。

ちなみに高地にあると言っても、現在は下からロープウェイが繋がっているので、基本的には誰でもマサダを訪れることが可能です。

古代遺跡7:エフェソス(トルコ)

トルコのイズミル県のセルチュクという町の近くに位置するエフェソスは、かつての東地中海で最も重要なギリシャローマ風の古代都市で、世界で最も保存状態の良い古代遺跡の1つ。

この都市は活発な貿易港を持ち、アルテミス崇拝が盛んでした。

一方で、紀元前2世紀にはローマの支配下となり、その後はキリスト教が受容され、イエスの母マリアがこの地で余生を送ったと伝えられるなど、キリスト教徒にとっても重要な場所となりました。

しかし、8世紀になると度重なるアラブ人の攻撃によって、当時この地を支配していた東ローマ帝国はエフェソスを放棄。

近代になると今度は、オスマン帝国に組み込まれていったのです。

今日ここを訪れる人は、聖マリア教会、ハドリアヌス神殿、ローマ時代の浴場、円形劇場、そして西暦117年に完成したケルスス図書館などを見てまわれます。

古代遺跡8:フォロ・ロマーノ(イタリア)

すべての道はローマに通じる」という諺がありますが、古代世界では全ての道はイタリアの首都ローマにあるフォロ・ロマーノに通じていたと言っても良いかもしれません。

南側のパラティーノと北西部のカピトリーノの丘の谷間に広がるフォロ・ロマーノは、紀元前500年頃から紀元前300年頃までの間、ローマ帝国の中心として栄えた場所。

凱旋行進、選挙、演説、刑事裁判、剣闘士の試合、商いなど、国家の政治・経済に関するあらゆる機能が集まっていました。

そんなフォロ・ロマーノには、

  • タブラリウム
    • 紀元前78年に建てられた国家公文書館
  • コンコルディア神殿
    • 初代ローマ皇帝アウグストゥスの指導で建設が始まり、次の皇帝ティベリウスが完成させた神殿
  • 巫女たちの家
    • 2011年に一般公開となった当時の巫女たちが住んでいた住居

などを含め、他にも非常に多くの大小様々な遺跡が残っています。

古代遺跡9:アクロポリス(ギリシャ)

ギリシャのアテネを象徴するアクロポリスは、「高い丘の上の都市」を意味する言葉で、古代ギリシャにおいては、オリュンポスの神々を祀った神域であると同時に、外敵からの侵入を防ぐために機能した要塞でもありました。

アテネの政治家ペリクレスの下、紀元前461年〜紀元前429年に建てられたこの一角は、古代ギリシャの富、権力、洗練さを思い起こさせる、有名なパルテノン神殿、アテナニケ神殿、プロピュライア、エレクテイオンから成り立っています。

まるで雲の上に浮かんでいるかのようなアクロポリスは、まさにギリシャに現存する最も重要な古代遺跡と言えるでしょう。

古代遺跡10:ポンペイ(イタリア)

西暦79年に起こったヴェスヴィオ山の噴火は、そこからそれほど離れていないポンペイの町を完全に破壊して溶岩と火山灰で覆いつくし、街を歴史の中に葬りました。

現在のイタリアのナポリ近くに位置していたポンペイは、古代ローマ人の観光地や保養地的な場所で、火山灰に埋もれた結果、肉や魚の市場、パン屋、浴場、神殿、円形劇場など、当時の様子がそのままの形で残っています。

そのため、当時の生活を知る上でも非常に歴史的価値の高い古代遺跡で、イタリア南部へ行った際にはぜひ訪れてみたい場所です。

古代遺跡11:ニームの円形劇場(フランス)

今日では忘れられがちですが、ローマが力を誇った時代、ローマの勢力はフランス(当時はガリアと呼ばれていた)にまで及んでいました。

そして、その痕跡は今日のフランス南部にあるニームと呼ばれる都市に見ることが出来ます。

なかでも、ニームの円形劇場はローマのコロッセオを模倣してローマ時代に作られた遺構で、この劇場ではグラディエーターの戦いや公開処刑など、ローマ帝国がその力を誇示するために、様々なイベントが行われました。

一方で、現在でもこの円形劇場は、闘牛やコンサート会場として使われています。

また、ニームの街には円形劇場以外にも、ローマ時代の橋や神殿などを見つけることが出来ます。

古代遺跡12:ストーンヘンジ(イギリス)

イギリス南部にあるストーンヘンジは、いくつかの謎が取り巻くとされる、紀元前3000年頃から紀元前1600年頃の間に造られた古代遺跡。

太陽周期を観測して崇拝する「星の観測所」や「宗教的意味合いを持つ場所」として造られたのではないかと考えられています。

一方で、重さ数十トンにもなる巨大な岩を、車輪が存在しない時代に如何にして運んできたのかなど、大きな謎が残されています。

ちなみに、特に日の出と日の入りにこの場所を訪れると、神秘的なストーンヘンジの姿を見ることが出来ます。

古代遺跡13:カルタゴ遺跡(チュニジア)

現在のチュニジアの首都チュニスに近く、紀元前814年にフェニキア人が建設したとされるのがカルタゴという名前の古代都市。

ローマ帝国によって紀元後146年に征服されるまで、フェニキア文化圏の中心として栄え、最盛期にはチュニジア湾とアフリカ地域の重要な港町として繁栄しました。

今日この地を訪れる旅行者は、当時の港や浴場、ネクロポリス(巨大な墓地)や劇場などの古代遺跡を見ることが出来ます。

古代遺跡14:ギザの大ピラミッド(エジプト)

エジプトの首都カイロ南部の砂漠には、古代エジプトのファラオの遺産である3つの巨大なピラミッドがそびえ立っています。

ギザの大ピラミッドとして知られているピラミッドは、3つのうち最大で、世界七不思議の中では最古のものであり、同時に現存している唯一のもの。

建設年代に関してはいくつかの説があるものの、現在は紀元前2560年頃に建設されたという説が有力で、エジプト第四王朝のファラオであったクフ王のために建築されたと考えられています。

ちなみに、このギザの大ピラミッドの近くには、もう一つ有名なギザの大スフィンクスを見つけることが出来ます。

古代遺跡15:グレートジンバブエ遺跡(ジンバブエ)

ジンバブエの首都ハラレから、300kmほど南へいったジンバブエ高原南端に広がるのが、アフリカ人によって作られたグレートジンバブエ遺跡。

現地のショナ人が話すショナ語で「ジンバブエ」とは「石の家」を示すとおり、グレートジンバブエは東西と南北にそれぞれ1.5kmに広がる大きな(グレート)石造建築遺跡です。

石壁を持つ建築物の一部は650年頃から作り始められ、その後も建設は続き、9世紀頃には建築物の多くが建てられましたが、それ以降も15世紀後半にグレートジンバブエが放棄されるまで続いたと見られます。

一方で、この古代遺跡からは、ガラス製の数珠玉や、中国製またはペルシャ製の陶磁器、金製品、アラブのコインなどが発掘されており、これらの発見は、同地でかつて交易が盛んだったことを物語っています。

古代遺跡16:ディオクレティオヌス宮殿(クロアチア)

3世紀末から4世紀初頭にかけて、健康問題を抱えた当時のローマ皇帝ディオクレティオヌス帝は、自身の出生地にほど近いダルマチア(現在のクロアチアのアドリア海岸地域一体)に、余生を過ごすための壮大な宮殿を建設しました。

それが、ディオクレティオヌス宮殿です。

贅を尽くした離宮はアドリア海に面し、ローマ様式とギリシャ様式を融合し、ローマ軍の駐屯地としての機能も備えていました。

現在は、ディオクレティオヌス宮殿を基にした街が広がり、古代ローマと中世ヨーロッパが混ざりあった、独特な古代遺跡として訪れた人達を楽しませています。

古代遺跡17:マチュ・ピチュ(ペルー)

ペルー南部の町クスコから80kmほど北西に行ったところで見つかるマチュピチュは、世界的にも有名なインカ文明時代の古代遺跡。

インカ文明が栄えていた当時、マチュピチュは最も重要な場所というわけではありませんでしたが、他のインカ都市が南米を侵略してきたスペイン人に破壊されてしまったのに対して、マチュピチュはその破壊を免れたことで、現在、最も有名な古代遺跡の一つとなっています。

ちなみに、マチュピチュ全体を上空から眺めたいなら、隣にある「ワイナ・ピチュ」という山から見下ろしてみましょう。

古代遺跡18:テオティワカン(メキシコ)

メキシコの首都メキシコシティから北東へおよそ50km行ったところには、テオティワカンとして知られる古代遺跡を見つけることが出来ます。

ここは、紀元前2世紀から6世紀まで栄えたテオティワカン文明の遺跡で、当時は同地の中心的な都市として最大規模を誇り、また、宗教都市として役割を持っていたとされ、実際、テオティワカンは現地のナワ族の言葉で「神々の都市」という意味です。

最盛期には20万人もの人口を抱え、集合住宅が数多く存在していたと考えられています。

さらに、このテオティワカンには太陽のピラミッドや月のピラミッドと呼ばれる巨大な構造物も残されており、訪れた人たちを楽しませてくれます。

古代遺跡19:ティカル(グアテマラ)

中央アメリカ北部のグアテマラには、マヤ人によって建てられたジャングルの街「ティカル」の古代遺跡が存在します。

西暦4世紀から9世紀頃に最盛期を迎え、西暦900年頃になぜか放棄され、その後、17世紀末に再びスペイン人の修道士によって発見されるまで、非常に長い間、ジャングルに飲み込まれたままとなりました。

繁栄を極めていた当時は、マヤ文明における政治や経済の中心都市となっていたこともあり、最も多い時でおよそ6万人の人々が暮らすなど、マヤ文明最大の都市として機能していたのです。

古代遺跡20:モアイ像(チリ)

南米のチリに属するイースター島には、考古学者が頭を悩ませ続ける謎に包まれた大きくて重いモアイ像が多く見つかっています。

その大きさは通常サイズで3.5m、20トン。最大級の物は20mで90トンにも達するとされます。

モアイ像のほとんどは、島の東部「ラノ・ララク」で採掘されて岩を元にして彫られたと考えられていますが、そこから他の場所へどのようにして像を運搬し、また、台座の上に載せたのかについてはまだ確実な答えが見つかっていません。

さらに、何の目的でモアイ像が建てられたのかについても、明確な答えがなく、謎を秘めた古代遺跡として世界中から興味の対象となっています。

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アジア、ヨーロッパ、アフリカ、そしてアメリア大陸から、20箇所の古代遺跡をピックアップして紹介してきました。

古代遺跡に興味を持ったなら、実際に訪れてみるのも良いかもしれません。

世界のことって面白いよね!By 世界雑学ノート!

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