タイでクーデターが起こる理由|なぜ?2018年までの回数も確認

「恒例」と表現されるほど、タイはクーデターが過去に何回も起こっています。なぜ、タイではクーデターが頻発するのでしょうか?その理由を探っていきます。

人々に愛される王室を持つタイは、活気があり東南アジアで最も経済発展著しい国の一つ。

日本を含め世界中からの観光客は後を絶たず、歴史のほとんどは争いのない平和なものであり、概していえば、タイは国として非常に成功していると言えます。

それなのに、なぜタイでは絶えず軍事クーデターが発生するのでしょうか?

可能性として考えられるタイでクーデターが起こる理由から、2018年現在までに起こったクーデターの回数や詳細を一覧化したものまでを見ていこうと思います。

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タイとクーデター

絶対君主制への不満が溜まった結果、1932年に立憲革命が起こり立憲君主制となってからも、タイではクーデターは後を絶ちません。

タイにおけるクーデター発生は、もはやある意味日常的なことになっています。

同じ家系出身の指導者がクーデターによって政権を追われたのはここ8年で既に2回目。

2014年には、権力を掌握した軍部によってインラック・シナワトラ元首相が交代を迫られましたが、2006年にはインラック・シナワトラ元首相の兄であるタクシン・チナワット元首相も、同じようにクーデターによって辞任せざるを得ない状況に追い込まれました。

シナワトラ&チナワットの兄妹は、バンコクとタイ南部において伝統的に勢力を握っている政治的エリートの出身ではなく、ポピュリスト的な政策を訴えることで、比較的貧しい農村地帯である北部地方において支持を伸ばした政治家。

そのため、彼らの進展は軍部を含む多くの勢力から危険視されたとも考えられます。

ともかく、このようにタイでは数年から10年前後ごとにクーデターが起きているのです。

以下では、なぜタイでクーデターが起こりやすいのかの仮説としての理由を、具体的に挙げていきます。

なぜタイでクーデターが起こるのか?その理由とは?

 タイでクーデターが起こる理由① 軍部が強い権力を握っている

タイにおいてクーデターがしばしば発生する理由としてまず最初に挙げたいのが、タイでは軍部が非常に強い権力を握っているという点。

タイにおける軍部の力を示す例として、1947年に軍は市民政府を打倒し、1973年まで実権を握り続けたという歴史があります。

つまり、タイの度重なるクーデターの発生は、歴史的に軍部が政治に大きく関与してきたこと、そしてそのために、真の民主主義が根付かなかったことが大きな原因と言えるのではないでしょうか。

2014年に起こったクーデターにおける軍の発言を確認してみよう

2014年5月22日に起こった2014年タイ軍事クーデターにあたり、当時の将軍であるプラユット・チャンオチャ将軍は、クーデターを起こす数日前の戒厳令を発する際、「国家の緊急事態においては軍部に優先的に権力を与える」と記した1914年の戒厳令法を引用しています。

また、同時に軍は「これはクーデターではない」との声明も発表しましたが、実際その二日後にクーデターが発生しています。

さらに、軍は「これはタイの法と伝統に則った行為である」と宣言。

軍部の言い分によれば、当時のクーデターは国家の安定を取り戻すための行為であり、政治の方向を大きく転換するものではない、とのことです。

このように、タイでは軍が非常に大きな権力を持っており、軍部が単に気に入らない政治家を打倒するためだけにクーデターを起こそうと思えば起こせる状態が、タイでクーデターが起きやすい一つの原因ではないかと考えられるのです。

 タイでクーデターが起こる理由② 独特な特徴を持つクーデター

クーデターという概念は、貧しく機能の弱った国家を想起させます。

例えばここ数年、多くのアフリカ諸国や中南米諸国が、度重なる軍事クーデターに悩まされてきました。

さらに、極右的な軍部が左翼的な指導者を地位から追いやる例に見られるように、クーデターは国家内の激しいイデオロギー対立を象徴するものでもあります。

しかし、タイの状況はこれらの例には当てはまりません。

よって、タイのクーデターは、他の国で起こるクーデターには見られない独特な特徴があると考えられ、それがタイでクーデターが頻発する理由になっているのではないでしょうか?

具体的には以下のような点が特徴的だと言えるかと思います。

特徴① 国王の存在

タイでは、政治家間の対立がどんなに激しくても、また軍部と政府がどんなに対立しても、国王を批判する者はいません。

国王は誰よりも超越した立場にあるので、対立に巻き込まれることはなく、また拮抗する勢力に対して和解を促すこともできます。

このように、国王の存在というのが、その他の国で起こるクーデターと比較して、タイのクーデターを特徴的にしているのではないでしょうか?

例えば、国王が存在していることで、クーデターを起こす際にはあくまでも「国王の下で国王閣下のためにもクーデターが必要である」といった、心理的な動機付けに繋がっていると考えることは出来ないでしょうか?

ただし、当時の国王であるラーマ9世(プミポン国王)に比べ、現国王のラーマ10世は国民にあまり人気がないとも言われ、将来的にこのことが少なからず影響を与えてくる可能性はあります。

特徴② ほとんどの場合は無血で終わる

他国で起こる一般的なクーデターと比較して、タイで起こるクーデターはほとんどの場合、非暴力的なものであるという特徴があります。

実際、2014年に起こったクーデターも、それまでに起こった多くのクーデターと同じく、一度の発砲もない非暴力的なものとなり、その後も暴力が全国的に蔓延したり、内戦に発展したりといったことはありませんでした。

これは、タイにおいて軍部の力はあまりにも強力なので、軍は特に労力を費やすことなしに目的を達成出来ることが一つの原因と考えられますが、熱心な仏教徒が大多数を占める社会的な構造、価値観、宗教上のモラルなども多少なりとも影響しているかもしれません。

とにかく、この非暴力的な特徴のため、クーデターが起こっても大惨事には至らず、軍部に対しての風当たりが強くなることもなく、再びクーデターを起こせる環境を作っている可能性があります。

ただもちろん、例外もあります。

最も最近のものでは2010年、軍が商業センターに立てこもったタクシン支持者に向かって発砲し、最終的に数十人もの死者を出したという経験もあります。

特徴③ 権力を返還する軍部

集会の禁止、強制捜査、関係者の拘束など、軍が権力を握った時に起こると期待されることは、もちろんタイのクーデターの後も起こります。

例えば、2014年に起きたタイのクーデターでも、一時的にテレビ放送が中止され、代わりに「National Peace and Order Maintaining Council(平和と秩序を守る評議会)」と表示されたスクリーンショットが表示されました。

しかしタイのクーデターにおいて独特なのは、文民の政治家が再び国を動かす準備が整った際に、軍部はおとなしく権力を引き渡すことです。

結果、国民の間で軍部が起こすクーデターに対し、致命的なほどネガティブな印象が生まれにくいとも考えられ、それがタイで幾度となくクーデターを起こせる状況に繋がっているのかもしれません。

タイで起きたクーデターの回数

タイでは今まで数多くのクーデターが起きてきました。

未遂のものまで含めれば、1932年の立憲政治移行後に起きたクーデターの数だけで19回を数えるほどです。

そして、その19回のうち12回は成功しているとされています(※タイを立憲君主制にするために起こった1932年の立憲革命も含めれば成功したクーデターは13回)。

ちなみに、成功した12回のクーデターの詳細は以下の通りです。

首謀者名称主張・要求結果
1933革命団王政復古阻止クーデター政府の無能・マノーパコーン政権崩壊
・初の軍事政権
1947将校団将校団クーデター政府の経済政策への不満・タワン政権崩壊
・クワン政権樹立
・仏歴2490年暫定憲法制定
1948将校団第二次将校団クーデタークワン内閣の総辞職・クワン政権崩壊
・ピブーン返り咲き
1951変革団ラジオ・クーデター共産主義の一掃・仏歴2475年憲法を仏歴2494年憲法として復活
・仏歴2490年憲法廃止
1957変革団ピブーン追放クーデター・汚職
・共産主義国家との密通
・ピブーン失脚
・ポット内閣成立
1958革命団サリット革命・内政の乱れ
・共産主義台頭の脅威
・憲法停止
・サリット政権の成立
・仏歴2502年統治憲章の成立(翌年)
1971革命団タノームの自己クーデター共産主義の脅威・憲法停止
・仏歴2515年タイ王国統治憲章の成立(翌年)
1976国家統治改革団反動クーデター(血の水曜日事件)・経済状態の悪化
・共産主義席巻とラオス王室終焉
・労組・学生の抗議運動鎮圧
亡命のタノーム帰国でタンマサート大学を中心とする学生らによる断罪要求と抗議集会が開かれる。ナワポン、ルークスア・チャーオバーンら右翼組織と国境警備隊による学生側への銃撃に発展した、次いでサガットがクーデターを宣言し、労働運動・学生活動家は共産主義者のレッテルを貼られ取り締まりを受けた、多くの学生がタイ国共産党に加わった。
1977革命団反タニン政権クーデタ・官僚の混乱
・経済の悪化
・仏歴2520年統治憲章の制定
・クリエンサック内閣成立
1991国家治安維持団反チャートチャイ政権クーデタ官僚の汚職・仏歴2534年憲法の成立
・アナン内閣の成立
2006「民主改革評議会」または「国王を元首とする民主主義制度統治改革団」2006年クーデター社会の混乱・仏歴2549年暫定憲法の成立
・スラユット内閣の成立
2014陸軍2014年クーデター・国会の解散
・憲法と総選挙の停止
陸軍総司令官プラユット・チャンオチャを首班とする暫定政権発足

(一部引用:wikipedia:タイにおける政変一覧

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