ズールー族(ズールー人)は南アフリカからジンバブエにかけて広がる戦闘民族!

ズールー族(ズールー人)を知っていますか?南アフリカ共和国からジンバブエにかけて広がるアフリカ最大民族の一つで、その歴史から戦闘民族とも呼ばれます。

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南アフリカに多く住んでおり、近代においてアフリカで一大勢力になったズールー族(ズールー人)という人々を知っていますか?

その名前「ズールー」の音からか、ブードゥー教を信仰していると思われる(※実際には違います)ことがあると同時に、戦闘民族としても有名です。

アフリカの民族として一大勢力を誇る、このズールー族(ズールー人)に関して、基本的なことから伝統文化に至るまで、詳しく紹介していこうと思います。

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ズールー族(ズールー人)とは?

ズールー族(ズールー人)とは、主に南アフリカ共和国(特にクワズール・ナタール州)からジンバブエ南部にかけて居住し、自らを「天の人々」と呼んでいる人々。

南アフリカにおいては最大の民族集団であり、同国における人口規模は1000万人強(1065万人から1250万人程度だと推定されている)にもなるとされる一方、ズールー族の一部の人々は、レソト(約30万人)、ジンバブエ(約17万人)、スワジランド(約10万人)、マリ(約7万人)などにも住んでいます。

そして、数多く存在するアフリカの民族の中でも、ニジェール・コンゴ語族に属するアフリカの民族で、およそ90~95%のズールー人達は、ズールー語(南アフリカでは公用語に指定されている)を話します。

また、19世紀に建国されたズールー王国の下、ズール族は周辺の他部族と戦闘を繰り返して征服した結果、「戦闘民族」として知られるようになると同時に、サハラ砂漠以南の地域であるサブサハラアフリカの中では最も成功した民族となりました。

ズールー族の歴史

アフリカに存在する何百もの民族集団の祖先は、およそ3000年前の西部・中部アフリカ地域まで、その起源が遡るとされています。

そこからサブサハラ(サハラ砂漠以南の地域)に徐々に広がっていき、個々のユニークな言語や民族集団を形成していきました。

そして、ズールー族は遅くとも14世紀から存在していると考えられており、ングニ語群(Nguni:ズールー語が属する言語グループ)に属する言葉を話す小さな国家に住む民族として、この時期に初めて、その存在が記録されたと言われます。

19世紀初頭から勢力を拡大したズールーの人々

ズールー族の勢力が頭角を現したのは19世紀初頭。

指導者シャカ・ズールーは強大な軍事力を駆使して近隣部族を統率し、ズールー王国を築きました。

この時期に、ズールー族独自の民族性や言語が形成されていったとされています。

ちなみに、シャカ・ズールーが父であるセンザンガコナの死去によってズールー族の王に即位した(ズールー王国の成立)当時、ズールーの集団は1,500人の小さな氏族であったと言います。

しかし、シャカ・ズールーの統治が続いた1816年から1828年までの間で、およそ50,000人の軍隊勢力にまでなり、他の氏族を打ち破って、同地域における一大国家にまで成長させるのです。

(シャカ・ズールー)

シャカはズールー王国全土から戦士を集め、独自の戦闘スタイルを通して戦士たちを鍛え、敵を倒すために多くの軍事的戦略を立てることに秀でていたと考えられています。

結果、たった10年でズールー王国はサブサハラアフリカのほとんどを統治し、アフリカ大陸でもっとも強豪な王国となり、統治下にある人々や貿易、農業地帯などを統制しました。

シャカは国王に即位してから12年後に兄弟によって暗殺されたものの、ズールー王国の勢いは19世紀後半にイギリスの侵入を受けるまで続きました。

イギリスは幾度もの交戦(ズールー戦争:1879年)の後にズールー王国に勝利し、ズールー王国を13の地域に分けてヨーロッパ勢力管理の下で分割統治することを決め、ここにズールー王国は崩壊することとなります。

歴史から見るズール人の現在の居住地域

上記のような歴史的過程から、現在使われている国境や地域区分は、ズールー人が独自に作ったものではなく、他国(ヨーロッパ諸国)によって作られたことが分かります。

それが現在、ズールー人の多くは南アフリカ共和国、そのなかでも特にクワズール・ナタール州に住んでいる一方、近隣のレソトやジンバブエなどに人口の一部が広がっている大きな理由です。

また同時に、歴史歴にサブサハラで最大の勢力を持つようになった名残はそのまま残っており、未だにサハラ砂漠以南では最も大きな民族大きな民族集団の一つとして認識されています。

戦闘民族と言われるが意外に礼儀正しいズールー人達の現在の生活

戦闘民族だったという歴史を自らとても誇りに思っているズールー人ですが、人種的に見ればとてもフレンドリーで誇り高いと同時に、非常に倫理観に則った礼儀正しい人々。

これは、ズールー語にある「ubuntu(ウブントゥ)」という人間観が理由。

この「ubuntu」という言葉は、「人間は最も発達した生き物であり、人と人とのかかわりには厳格なモラルが必要」だという考えの軸になっており、ズールー語では相手への尊敬や礼儀を示すために相手に応じた単語・言葉が使われることからも、ズールー人の高い倫理観が分かります。

そんなズールー人達の多くは現在、田舎の農村にある、家族が基盤となった伝統的なズールー人コミュニティの中で生活していますが、近代化の影響によって、都心部へ移住したズールー人達も増えているようです。

(都心部で暮らすズールー族の女性)

しかし、都心部に進出した人々との民族的つながりを維持することが難しいケースも多い中、ズールー人コミュニティは田舎でも都心部でも比較的強く保たれているのが特徴です。

ズールー族(ズールー人)の伝統や文化を見ていこう!

さて、ズールー族(ズールー人)に関する基本的なことを理解した上で、ここからは伝統や文化的な側面を見ていきたいと思います。

ズールー族の伝統や文化① ズールー族の信仰

ズールー族の進行に関しては、祖先崇拝や死に対しての考え方が特徴的だと言えそうです。

先祖崇拝

まず、ズールー人の信仰では、祖先の魂は人間界と精霊界の中間部にあり、祖先の霊は夢や病気、蛇の形で現れるとされます。

そして、祖先が悪霊や呪いなどからズールー人コミュニティを守るとされるため、生贄や祝祭を通して祖先を敬っているのです。

例えばズールー族は、自家醸造ビールや動物といった供物や捧げ物を献じて、祖先へ助言や助けを懇願するといった感じ。

ちなみに、現在では多くのズールー人がキリスト教へ改宗していますが、祖先を敬うズールー人の伝統にキリスト教の慣習を加えて、先祖崇拝の伝統は守っていることが多いようです。

死に対しての考え方

他の文化でも見られるように、ズールー人は死後の世界を信じていますが、死は人と万物との深いつながりとされており非常に大切で、その点が非常に良く現れているのが埋葬方法。

ズールー族の人は、必ず伝統的な方法で埋葬されなければいけないらしく、伝統的な方法で埋葬されないと、死者の魂が迷子になってしまうことがあると考えられています。

加えて、生前に死者の持ち物だった所有物は、死後の旅における助けとなるよう死者と一緒に埋葬されます。

ズールー族の伝統や文化② 発酵乳や地ビールは伝統的な飲み物

ズールー族の間では、伝統的な飲み物として発酵乳や地ビールが存在します。

まず、カッテージチーズとプレーンヨーグルトが混ざったような味と言われる、発酵乳の「Amazi(アマジ)」。

一般的には家族内で分けあって分けあってのみ、また、男性を強くしたり、消化の働きを良くする効果を持っていると信じられています。

(伝統的なズールービールを飲む男性)

そして、ズールー人達の伝統にはビールの醸造も存在していたり。

その醸造には3日かかるとされ、次のようなステップで作っていくそうです。

  • 1日目
    • トウモロコシとモロコシ属の植物(穀物植物)を1日水に浸す
  • 2日目
    • 水に浸したトウモロコシとモロコシを乾燥モロコシと共に煮てから冷ます
  • 3日目
    • 濾し器を使ってビールを濾して完成

このビール醸造の作業は、ズールー族の中では女性の役割になっています。

ズールー族の伝統や文化③ 穀物が中心で肉は特別な時の食べ物

ズールー族の伝統的な料理は、主に野菜と穀物から成る野菜料理。

主食はでんぷん質のタンス貨物で、南アフリカのローカルフード「パップ(トウモロコシの粉をお湯で練り上げたもの)」や、他にもカボチャやジャガイモなども、伝統的な料理で良く使われます。

また、炭水化物に関してはビールからも摂取していると考えられています。

これに対して肉(特に牛肉)は、伝統的に結婚式や成人式など特別な日にだけ食べられてきたものです。

ただし、都会に出ているズールーの人々はこの限りではありません。

ズールー族の伝統や文化④ 争いは棒を用いた戦いで解決することがある

ズールー族の伝統では、男性間で争いごとが起こった場合、棒を用いた決闘を公の場で行って解決するというものがあるようです。

決闘はどちらかが血を流した時点で終了とされ、勝者は傷を負った敗者を看護する必要があるとされます。

また、もしも決闘の最中にどちらかが死亡した場合、ルールを守っていれば罪には問われないそうです。

ズールー族の伝統や文化⑤ 伝統的な衣服の慣習

ズールー族は特徴的な伝統文化として、その衣服の慣習が興味深いです。

まずは婚姻関係によって衣服が異なる、女性に関する変わった習慣。

妙齢で独身のズールー族の女性は、草やビーズ付きの綿の糸で作られたスカートを着用したり、とにかく体を見せつけるようなことをして、自分の体に対しての誇りを示すのに対して、結婚した女性は体を衣服で覆い、自分が結婚していることを他人に暗示します。

一方、男性の伝統的な服装については、戦士のヘッドバンドと呼ばれる「umqhele(ウムケレ)」、肩に付ける「amambatha(アマンバサ)」、腰に巻いてズボンとしての役割を果たす「ibheshu(イブシュ)」、性器を隠して下着として使う「umcedo(ウムセド)」、足に履く「imbadada(イムバダダ)」が特徴的です。

ズールー族の伝統や文化⑥ ドラムとダンスは欠かせない

ズールー族の文化では様々なお祝い事があるようですが、そこで欠かせないのがドラムとダンス。

イングングドラム(ingungu drum)という、毛を剥がしたヤギ皮で作られたドラムを使って音を奏で、一緒にダンスや歌を踊って祝います。

また、ダンスにも様々な種類があり、例えば「狩りのダンス」は、狩人の動作を真似して勇敢さを象徴するダンスで、戦士が狩りに行く前の儀式で踊られます。

また、「小さな盾のダンス」と呼ばれるものは、集団で協調しながら行うリズミカルなダンスで、軍隊の団結を促進する効果があるとされ、通常は王室の式典で踊られます。

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ズールー族(ズールー人)は南アフリカからジンバブエにかけて広がる戦闘民族!のまとめ

南アフリカの主要な民族の一つであるズールー人。

ズールー王国の時代には、サブサハラ地域を統治した歴史を持つため、この地域では最大勢力の一つとなっていると同時に、戦闘民族としても知られます。

現在は、都心部に移って暮らすズールー人達も多くいますが、それでも、未だに多くの人々は伝統的な暮らしをしている誇り高き民族です。

世界のことって面白いよね!By 世界雑学ノート!

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