インドと牛|ヒンドゥーの歴史における神様的立場の変容とその裏側

インドと牛の関係について見ていきます。ヒンドゥー教の歴史の中で変化していった牛の存在意義や、その裏側に隠れた理由などを掘り下げていきましょう。

2017年6月、インドにおけるヒンドゥー教の様々な宗派が集う会議において、牛肉を食した人間は公開絞首刑にされるべきだという提案がありました。

この様にインドにおいて牛は、食べてはならない聖なる存在で大切にされている動物であり、インドを旅したことがある人は、街中で牛が闊歩している姿を何度も目撃したことがあるでしょう。

しかし、このインドと牛の関係は、古来から存在したものだったのでしょうか?

また、もしもそうでなかったとしたら、なぜ、牛を食べることが禁止されていったのでしょうか?

この記事では、インドと牛の関係について、「今日のインドにおける牛の存在」をまずはおさらいし、その後に「古代インドにおいて牛は食べられていたのか?」に関する議論を進め、そして「ヒンドゥー教において牛食が禁止された裏側」を確認し、最後に、「今日のインドで利用される牛の神聖さ」を見ていきたいと思います。

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今日のインドにおける牛の存在

インドにおいて牛は、神聖な存在として大切にされていますが、これは、インド人口のおよそ8割がヒンドゥー教徒である状況に起因するもの。

というのも、現代のヒンドゥー教の中で牛は神聖な生き物であり、殺したり、その肉を食べたりしてはいけないとされているから。

実際、ヒンドゥー教の中では、牛と一緒に描かれた形でよく登場する主要な神様がおり、例えば、ヒンドゥー教でもっとも人気がある神様「クリシュナ」は、牛飼いとして育ったとされ、

  • 雌牛たちの間で横笛を演奏している様子
  • 彼が奏でる音色に合わせて踊る牛飼いの乙女たちと一緒にいる様子

が描かれています。

加えて興味深いことに、クリシュナは「ゴーヴィンダ」や「ゴーパーラ」の名でも知られていて、それぞれ「雌牛の友達」や「雌牛の守護者」を意味するのです。

さらに、ヒンドゥー教においては最高神の一柱で、破壊と再生を司る神様「シヴァ」が信頼する乗り物は、神聖なナンディという名前の牛

このように、ヒンドゥー教徒が大多数を占め、その社会的通念がヒンドゥー教から強い影響を受けているインドにおいて、牛は非常に神聖な存在として扱われているのです。

しかし一方で、

  • 牛は古代インド時代から神聖な存在として食べられずに大切にされていたのか?
  • 牛が神聖な存在となった背景には、何か社会的な隠された意図があったのか?

という疑問が浮かびます。

以降では、この二つの問いに対して、仮説としての答えをそれぞれ導き出していこうと思います。

古代インドにおいて牛は食べられていたのか?

まず、「古代インドにおいて牛は食べられていたか?」の問いに対する答えを先に結論として述べると、

  • 古代インド人達は牛肉を食べていた

ことが研究によって分かっています。

しかも、紀元前4世紀にはインド国内の仏教徒やジャイナ教徒、ヒンドゥー教徒の間で「菜食主義」が広まったにも関わらず、多くのヒンドゥー教徒は牛肉を食べ続けていたのです。

つまり、「牛肉を食べることはNGヒンドゥー教の教え」という考えは、古代のヒンドゥー教バラモン教とも言われる)においては間違いだったことがわかります。

例えば、最も古いヒンドゥーの聖典「リグ・ベーダ」の時代(紀元前1500〜紀元前1200年頃)には、牛肉が食されており、儀式や客人を迎える際、他にも位置の高い人をもてなす時には、牛の肉が出されていたと言われます。

さらに、紀元前900年から紀元前500年の間に成立したとされる祭儀書の「ブラーフマナ」や、宗教上のルールなどを記載した書物では、「客人が訪れた際には食肉用に牛を殺してもてなすべき」ことが記されているとされます。

つまり、これら古代のヒンドゥー教文書によれば、明らかに「牛は食べ物」だったのです。

加えて、紀元前800年頃に成立した聖典「ヤジュル・ヴェーダ」に属する文献シャタパタ・ブラーフマナ」の一文が「牛を食べることを禁じた」時でさえも、当時崇拝されていた古代インド並びにヒンドゥー教における最大の哲人「ヤージュニャヴァルキヤ」は即座に反論

ヤージュニャヴァルキヤは、柔らかければ牛肉を食すと述べたのです。

牛肉を食べる習慣から食べない習慣への移行

では、この牛肉を食べる習慣から食べない習慣へはどのように移行したのでしょうか?

紀元前4世紀から紀元後4世紀にかけて編集されたサンクリット叙事詩「マハーバーラタ」では、その神話の中で、「牛食禁止」への移行に関して次のような描写を持ってほのめかされています。

Once, when there was a great famine, King Prithu took up his bow and arrow and pursued the Earth to force her to yield nourishment for his people. The Earth assumed the form of a cow and begged him to spare her life; she then allowed him to milk her for all that the people needed.

かつて、大飢饉が発生した時、プリトゥ王は弓と矢を手に取り、民に栄養をもたらすようにと地球に迫った。すると地球は雌牛へと姿を変え、彼に命乞いをしました。そしてこの雌牛は、必要とするすべての民のために、彼女の乳を搾ることを王に許可したのです。

この神話の描写では、それまで狩りの対象であったの野生の牛が、「保護して飼いならし、牛乳を得るために育てる対象」となったことが、つまり農業と牧畜生活への移行が描かれているのが分かります。

そしてこの描写の中で牛(雌牛)はまた、殺さなくても食物(栄養)を提供し続ける模範的な動物として描かれているのです。

ヒンドゥー教の中で牛食が禁止となった裏に見えるカースト制度

上で示したマハーバーラタが編集された同時期に編集された、他のいくつかのヒンドゥーの教義文書では、牛は食されるべきではないことが強調され始められます

その結果、ヒンドゥー教徒の人々の中では一部、「牛肉を食べない人」が現れ始めました。

カースト制度において属した階層が高ければ高い人ほど、当初、この牛食に関する制限を受け入れる傾向があったのではという説があります。

実際、牛肉食を禁止するために、当時の社会では様々な宗教的制裁が課されることとなったようでしが、この対象となるのは「上級カーストの者達のみ」でした。

つまり、

  1. 階級が上のカーストに属する人たちは牛肉を食べないことで、
  2. 自らを他のカーストが低い者達から差別化し、
  3. カースト内での社会的立ち位置をさらに高める方法となった

と考えられるのではないでしょうか?

特に、当時のインド社会では牛を多く持っているほど裕福とされた点に加え、

  • カースト制度の頂点に位置するバラモン(ブラフミン)は多くの牛を持ち、その牛からとれた牛乳を売って利益を得ていた
  • 多くの牛を飼っていたことからバラモンと牛が一緒にいる姿がよく見られた

という点を考慮すると、牛を食べないで代わりに神聖な存在として扱うことは、バラモン達にとって、とても都合の良いことだったと考えられるのです。

牛食禁止が低カーストにも広がり社会の常識となった理由

一方で、低カーストに属する人々も、時間が経つにつれて自発的に牛食を諦めていったと考えられます。

これは、「サンスクリット化」というインドで起こった社会変化に起因するものでした。

このサンスクリット化は、

上位または、(カーストの儀礼的上下にかかわらず、経済的に)優位にあるカーストの儀礼や実践を模倣することにより、カースト階層の低位の者が上の階層を目指す過程

(引用:wikipedia

であったため、

  1. 上位カーストの人間が習慣的に牛食を禁止していたから、
  2. 低位カーストの人間は上の階層を目指すため、
  3. 上位カーストの習慣である牛食の禁止を取り入れた

という動きが自ずと起こっていったという仮説が成り立つのです。

さらに、19世紀のインドでは、牛の保護運動が活発になりましたが、この運動の隠れた目的の1つは、当時のインドでヒンドゥー教徒と対立していたイスラム教徒達の抑圧だったと考えられます。

イスラム教では豚肉は禁止されているものの、牛食は許されているため、これを弾圧することでヒンドゥー教徒を追い込んでいこうという心理が、牛の保護運動が起こった理由の一つとして推察されるのです。

今日のインドで少数派の迫害に利用される牛の神聖さ

上で解説してきた理由によって、元々は牛肉を食べていたインドの習慣は時間と共に変容し、今日のインドの習慣では、牛食禁止が当たり前の常識として大多数の人々に受け入れられているのではないでしょうか。

一方で、この牛食禁止の習慣は、今日のインドにおいて、少数派の人々を攻撃する手段として利用されている傾向があります。

まず第一に、現在のインドの一部で起こっている運動「ヒンドトヴァ(ヒンドゥー至上主義)」では、この牛の神聖さの概念をイスラム教徒へ無理やり当てつけ、彼らの権利剥奪に利用していると考えられます。

さらに、カースト制度において4つの階層にも含まれない不可触民(ダリット)達も、この牛の神聖さの概念を基に迫害の対象となっている傾向にあります。

例えば、2016年から2017年にかけて、現在(2019年3月現在)のインドの首相モディ氏の出身地であるグジャラート州において、ダリット達が牛の皮を剥いだことによってムチ打ちにされる事件が複数起きています。

特に、この牛肉を食べるダリットの人々を襲う事件は、モディ政権になってから顕著に起きているようで、それも、インド北部の貧しくて識字率の低い村で起きています。

実際、モディ氏が首相になる時、インド人の一部は「極端なヒンドゥー主義に走り過ぎないか」という懸念を持っていたため、これらの事件は「ヒンドゥー主義の考えが大衆の中でも強まったためなのかもしれない」と考えられるのです。

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インドと牛|ヒンドゥーの歴史における神様的立場の変容とその裏側のまとめ

インドと牛の関係を見てきました。

現在のインドでは、牛は神聖な動物であり食べてはいけないとされますが、古代において牛肉は食べ物として認識されていました。

一方で、牛食が禁止されていった背景には、カースト制度の存在がちらつきます。

また、今日のインドでは少数者の権利剥奪や抑圧に、牛の神聖さが利用されているとも捉えられる状況が続いています。

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