イランの宗教状況について見ていきます。それぞれの宗教割合や、大多数を占めるイスラム教の中でもシーア派やスンニ派、そしてスーフィズムなどの違いについても紹介していきます。
西アジア・中東の大国イランは、過去にはペルシャ帝国を築くなど、歴史的に世界へ対して大きな影響を与えてきました。
一方で、イランはその長い歴史の中で幾度も王朝の興亡を経験し、また、他の民族の侵攻なども経験した結果、イランにおいて最大多数派とされるイスラム教以外にも、多くの宗教が信仰されてきており、これらの宗教は現在でも小規模ながら存在しています。
この記事では、そんなイランの宗教状況について詳しく紹介していきます。
イランにおける各宗教の割合や、イスラム教シーア派やスンニ派、そして神秘主義と呼ばれるスーフィズムなどにつてい見ていきましょう。
イランで信仰されている宗教の一覧からそれぞれの割合
1978年1月、当時の国王レザー・シャー・パフラヴィーに対して起きたデモンストレーションに端を発し、イラン革命が起こりました。
その反対運動の拡大に伴い、シャーは1979年にイランから亡命。
同年にアヤトラ・ホメイニ師は亡命先からイランに帰還し、1979年4月1日に実施された国民投票の結果、イラン・イスラム共和国、通称イランが創設されました。
そして、このイランはその名前からも分かる通り「イスラム教」を国教とした国であり、その人口の圧倒的大多数はイスラム教徒。
ただし、イスラム教徒以外にも少数派としていくつかの宗教が同国には根付いています。
そのイランにおける各宗教の割合は以下の通りです。
宗教名 | 宗派名&宗教名 | 割合 |
イスラム教(スーフィズム含む) | シーア派(89~90%) | 約99% |
スンニ派(9~10%) | ||
その他の宗教 | ハバーイー教 | 約1% |
キリスト教 | ||
ゾロアスター教 | ||
ユダヤ教 | ||
その他 |
イランの宗教として大多数を占めるイスラム教
かつてサーサン朝がイラン(ペルシャ)を統治していた時代(西暦226〜651年)、イランの国教はゾロアスター教でした。
しかし、この状況はアラブ人の侵攻により一変し、多くのゾロアスター教徒がイスラム教徒に改宗。
イスラム教への改宗を行わなかったゾロアスター教徒の多くはインド方面へと移り、一部の人は改宗せず国に留まる決断をしました。
このような歴史の流れから、今日のイランではイスラム教徒が大多数(約99%)を占め、その信仰はシーア派、スンニ派、スーフィズムの3つの大きなグループに分かれています。
シーア派
今日のイランでは、およそ89%がイスラム教シーア派を信仰しているとされており、そのうちのほとんどが十二イマーム派(歴史上12人のイマーム – シーア派指導者 – が現れたとするシーア派の一派)。
次いで、七イマーム派、そして五イマーム派のシーア派信徒達が存在し、これら異なるイマーム派の違いは、イマームとして認識されている人物の数によって分かれています。
(出典:wikipedia)
ところでシーア派とは、イスラムの預言者ムハンマドの娘ファーティマと、その婿のアリーによって残された子供らの血を引く者達、つまり「ムハンマドの子孫」のみが信徒達を指導するイマームに相応しいと考えるイスラム教の宗派です。
また、イランのシーア派の中でも最大の勢力をを持つ十二イマーム派の人々は、コーランや法学的な問題を理解するために重要な、「預言者によるハディース(伝承)」をまとめた4冊の記録を大切にしているとされます。
スンニ派
イスラム教スンニ派の人々の数は、シーア派に続きイランで二番目の勢力を誇る宗教となっており、イラン人口のおよそ9~10%がスンニ派を信仰。
その多くはイラン南西部にあるラレスタン群で生活するホドモーニと呼ばれるラレスタン人、北西部のクルド人、南西部および南東部のアラブ人、そしてバローチー族、北東部に住む少数のペルシャ人(イラン人)、パシュトゥーン人、そしてトルクメン人となっています。
(出典:wikipedia)
このイスラム教スンニ派は、975年からペルシャ地域に一時代を築いたガズナ朝と共にシーア派から独立し、そしてセルジューク朝、ホラズム・シャー朝(1077年〜1231年)にかけ、ペルシャ人がモンゴルに侵略するまでイランを支配していました。
しかし、その後に徐々に勢力が衰えていき、サファヴィー朝(1501年〜1736年)が王朝として初めてシーア派の十二イマーム派を国教としたこともあり、この頃には多くの人々がシーア派(特に十二イマーム派)へ改宗していき、現在のイランの宗教状況の基盤が作られていったのです。
一方で、イランにおけるスンニ派の信徒人口を記録した公式記録がないために正確なことは分かっていませんが、実際のスンニ派人口は推定値を大きく上回っており、その人口も増加しているとの見方が存在。
中には2030年代までにスンニ派の人口が、イラン人口の過半数を占めるのではないかという予想もあるほどです。
ちなみにスンニ派とは、ムハンマドの娘と結婚したアリーだけでなく、アリーに先立つ3人の人物(アブー・バクル、ウマル、ウスマーン)も正統なカリフ(指導者)として認めた宗派で、イスラム教世界では多数派になります。
イスラム神秘主義スーフィズム
イスラム教神秘主義とも呼ばれる「スーフィズム」とは、修行、踊り、賛美などを通じて、アッラーとの一体感を求める信仰や思想のことで、その歴史は、700年頃のサファヴィー朝ペルシャ時代にまで遡ります。
そして現在では、各地で活動を展開する国内最大のスーフィー教団「ネッマトッラーヒー」の他、クルド人地区を拠点として活動するスンニ派教団「ナクシュバンディー教団」などが存在。
スーフィー教団についての公式統計はないものの、その信徒人口は総人口の3%から7%前後にあたる200万人から500万人ほどであると推定されています。
ちなみに、このスーフィズムは「宗派」ではなく、あくまでも信仰形態の一つであるため、スーフィズムに分類される人々は、シーア派にもスンニ派でも確認出来る点は抑えておくべきポイントです。
イランにはその他少数派の宗教が複数存在する
イランの宗教割合を確認すると、圧倒的にイスラム教が大きな割合を占めていることが分かりますが、他にも少数派ではあるものの、およそ35万人のバハーイー教徒、20万人から30万人のアルメニア教会に属するアルメニア人を含む、およそ30万人から37万人のキリスト教徒が存在します。
さらに少数ではあるものの、ユダヤ教徒、ゾロアスター教徒、マンダヤ教徒、ヤルサン教徒や少数派民族独自の信仰を持つ人々もいます。
中でも、ゾロアスター教徒、ユダヤ教徒、キリスト教徒は政府公認であり、迫害から守られている点は抑えておくべきでしょう(ただし、極端な迫害ではないものの、社会的差別を受けたという事例はいくつも存在する)。
そこで、ここではイランの宗教事情を理解する上で知っておきたい、公認された3つの宗教と、少数派としては多くの信徒を抱え、またイランで誕生した歴史を持つバハーイー教について簡単に紹介していきます。
イランにおけるゾロアスター教
アラブ人による侵攻以前、ササーン朝がイランを統治していた時代には、ゾロアスター教が国教とされていました。
このゾロアスター教は、紀元前2千年紀(紀元前2000〜紀元前1000年)に古代ペルシャで発生した世界最古の宗教の一つと考えられ、善なる思考、善なる行動、善なる言葉をいつでも心がけることが基本的な教義。
また、神の光や知恵を象徴しているとする炎を崇拝することから「拝火教」と呼ばれることもあります。
しかし、アラブ人がペルシャに侵攻してきたことで、イランにおけるゾロアスター教徒は深刻な宗教的迫害に直面し、強制的に改宗を強いられ、そうでない者は国外への脱出を試み、また国内へ残ったものは制裁などの嫌がらせを受け、生活のあらゆる局面で苦難を強いられました。
このような歴史を経ていった結果、今日ではイランのゾロアスター教徒人口は非常に少なくなっており、およそ20000〜60000の人々が未だに信仰しているのみだと言われます。
イランにおけるキリスト教徒
イランにおけるキリスト教徒の歴史は、キリスト教の歴史とほぼ同様の長さを誇ります。
かつてはゾロアスター教の陰に隠れ、今日ではイスラム教に圧され、イランにおけるキリスト教徒は常に少数派でした。
そして、現在のイランでキリスト教を信仰する人々のほとんどは、アルメニア人とアッシリア人で、その数は30万から37万人だとされますが、50万人近くいるかもしれないという推定も存在します。
ちなみに、アルメニア系キリスト教徒のほとんどはアルメニア使徒教会(アルメニア正教会)に属し、アッシリア人はアッシリア東方教会またはカルデア教会のどちらかに属している人がほとんどですが、イランにはプロテスタント系の人々が暮らす小さなコミュニティも存在します。
イランにおけるユダヤ教
イランにおけるユダヤ教の信仰には、何世紀もの歴史があり、イランで信仰される宗教の中で最も古い宗教の一つになります。
実際、古代書物の中でも、ペルシャにおけるユダヤ教徒の存在が触れられていました。
このような歴史があるためか、イランはユダヤ教徒に対して比較的寛容だと言え、世界に存在するイスラム教国家の中では最も多くのユダヤ教徒人口を抱え、およそ10000万人から最大で40000万人ほどがイランに住んでいるとされます。
ただし、多くのイラン系ユダヤ人は海外へ出てしまっているのも事実で、アメリカにはおよそ10万人のイラン系ユダヤ人が、イスラエルにはおよそ7万5千人のイラン系ユダヤ人が住んでいます。
イランにおけるバハーイー教
バハーイー教とは、バハー・ウッラーによって19世紀のイランで誕生した一神教。
キリスト教、イスラム教、ユダヤ教といったアブラハムの宗教を基本とするものの、仏教の釈迦やゾロアスター教のゾロアスターなども、神の啓示者として尊敬の対象とする宗教です。
バハーイー教は世界全体の信徒数は600万人と広がりを見せており、また、イランにおけるバハーイー教徒のコミュニティーは、少数派の宗教を信仰する人々の中ではキリスト教徒と並んで最大規模で、その数はおよそ35万人だと推定されています。
また、信者の数は少数であるものの、イラン国内においては様々な場所に点在しているとされ、イラン各地でバハーイー教徒を見つけることが出来ます。
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イランの宗教|割合やイスラム教シーア派・スンニ派・スーフィーなどの状況までのまとめ
イランの宗教状況について見てきました。
イスラム教徒が圧倒的大多数を占めるイランには長い歴史の中で、非常に割合は小さものの、少数派であるその他の宗教を信仰する人々が常に存在してきたのです。